つれづれと

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彼らの「ほんとうの始まり」を噛み締めた十五祭初日感想

令和元年七月十四日。関ジャニ∞のCDデビュー十五周年を記念したツアー「十五祭」の初日公演が札幌ドームで幕を開けた。このツアー初日が、自分のなかでとても不思議なバランスでぐるぐるとまわっている感覚なので、きもちをまとめるためにすこしいろいろ書いてみようかなと思いました。主観だらけ、個人的な主張だらけ、そしてなによりネタバレだらけだけれども、よろしければ。

 


十五祭の話の前に、少しだけ過去の話をする。関ジャニ∞は現在6人組のアイドルグループだ。けれども2018年7月までは7人組として活動をしていた。脱退をした渋谷すばるくんはいろんな意味で大きな大きな存在で、脱退当時はすごく大きなニュースにもなった。2018年はそれに関してメンバーたちからはたくさんの言葉を聞いたし、ファンである自分自身もこれからのこともたくさんたくさん考えてしまった。そして、2018年は同時に、メンバーのひとりである安田章大くんの病気と怪我のことが公表された年でもあった。脳に病気があり手術をしたこと。そして後遺症が原因で立ちくらみを起こし大怪我をしたこと。

そんな中で、2018年の夏のツアー「GR8EST」が開催されたのは、まだ記憶に新しい。

一曲目の応答セヨが披露されると、いなくなったすばるくんのことを思い会場の各所からすすり泣きが聞こえた。メンバーたちはファンに寄り添うようにたくさんのメッセージをくれた。一方で、怪我のため踊れない安田くんは、みんなに合わせて手の振付を少しだけ見せてくれるだけに留めていた。夏の間はトロッコには乗れずにステージの上から「後ろのほうへ行けなくてごめんね」と伝えてくれた。
いま思い出しても、すごいツアーだったなとおもう。比喩表現とかではなく、命懸け、というか。魂を懸けたツアーだったなと。わたしはいまだにGR8ESTの初日のズッコケ男道のことを思い出すと自分のなかの血液がわ~っと熱くなるような感覚に襲われる。たくさんたくさんの印象深い場面があったし、きっとこの先もずっと忘れられない感情たちに溢れていたツアーだった。

そして話は現在へ繋がる。2019年の「十五祭」初日に感じたのは『これが6人体制のある種の完全版の御披露目会場で、そしてここが改めての6人体制の彼らのスタートなんだ』というきもちだった。

GR8ESTは、それはもう、すさまじいツアーだった。けれどもあれは、6人の彼らの「完全版」ではなかった。あれだけの熱量と勢いと熱さはあの瞬間だけのとくべつなものだとはおもうけれど、けれどもそれは決して「完全版」ではなかった。
十五祭は、開演15分前からのカウントダウンで始まる。カウントがゼロになるとこれまでの関ジャニ∞の歴史が紹介され、そして始まりの場所である松竹座の幕が開く演出と共に、メンバーがそれぞれポップアップで勢いよく登場する。その瞬間に、思った。あ~!!!大丈夫だ!!!もう、大丈夫、なんだ!!!!!
安田くんの体調のこともそうだったけれど、2018年の関ジャニ∞さんは全体的に「ポップアップが似合わない」空気感だったようなきがする。うまく表現できないのだけれど、粛々としているというか、なんというか。でも、それを乗り越えた彼らが、一年ぶりにやってきた札幌の地で、思いっきり飛び出してきた。ぶち上がって、飛び上がってきた。もう大丈夫だ、と感じた。

そしてもうひとつ、これが「6人の彼ら」なんだな、と感じたのが、ライブの終盤に「Tokyo holic」と「勝手に仕上がれ」をバンドで披露したときだった。

正直、わたしはここがいちばんしんどかった。GR8ESTの一発目の応答セヨも例に漏れず涙が止まらなかったけれども、それとはまたちがう大きな大きな感情の渦がこの瞬間に巻き起こった。
「Tokyo holic」も「勝手に仕上がれ」も、どちらも7人のライブでは定番のバンド曲だった。特にTokyoholicはメンバーの錦戸亮くんが作詞作曲を手掛け、メンバーのセッションの模様もシングルの特典映像として公開されていたことから発売前から話題となっていたし、勝手に仕上がれもライブの定番曲で、ステージの上からまさにステージの上の心境を「終わらないで」と綴るその歌詞とメンバーの楽器の音がきれいにリンクする名曲だ。個人的にはどちらもだいすきなだいすきな曲で、ライブでこれらの曲を聴くのがだいすきだった。

けれど、すばるくんの脱退を受けて、わたしはこの2曲は封印されるだろうな、と思っていた。

それは両者ともに、あまりにも楽曲における「渋谷すばる」の存在感が大きすぎたからだ。この曲を聴くたびに、わたしはいまだにすばるくんのタンバリンやブルースハープを、そして叫びを、咆哮を、思い出す。あまりにもそういう楽曲だった。だから、なのか、事情はまったく知りもできないけれど、昨年のGR8ESTツアーではこの2曲は披露されなかった。

けれど、今回、6人の彼らはこの2曲を魅せてくれた。立て続けに、魅せてくれた。

曲中のタンバリンはなかった。
ブルースハープもなかった。
「丸山!!!」の叫びは、亮ちゃんが引き継いだ。

声はもちろんのこと、あれだけ慣れ親しんだ音がまるまるひとつぶん「ない」ということはこういうことなのだと、わかっていたはずなのに改めて思い知らされた。と、同時に、今までの楽曲からこれだけの変化があることはもちろん理解した上で、覚悟の上で、「どうだ、これがここからの俺たちだ」と訴えられてきている気がしてたまらなかった。
もちろんこの2曲だけじゃなく、今回の十五祭初日は、前回のGR8EST初日よりも、その感覚が強かった、ように感じた。これこそが、ここからの彼らの姿になるのかな、とぼんやりと思った。

GR8ESTまでのわたしたちは、必死に進もうと足掻く彼らを見守るようなきもちでいたし、それはあながち間違いではなかったのだとおもう。けれどもあのときわたしたちは、同時に彼らに守られていたのだと知った。
きっと考え尽くされてのセットリストだったのだなとおもう。安田くんのことももちろん、すばるくんの喪失感をなるべく伝えないようにしてたのだなと。ハッピーにできるように。逆に、ズッコケ男道のようなあからさまな変革をぶちこんで、まったくの別物として受け入れられるように。

けれど、6人の完全版としてここからスタートを新たに始める彼らは、もうこちらに遠慮なんてしない。
すばるくんはいない。もう、いない。OPの映像から、きちんと脱退のことにも触れる。すばるくんが世界観を作っていた楽曲でそれをありありと見せつけてくる。でもそこに「悲しみ」も「悔しさ」もない。いや、心のなかにはあるのかもしれないのだけれど、それは見えない。彼らは前に進む。歩み続ける。それを改めて思い知らされた3時間だった。

LIFEのときにたくさんの笑顔が溢れる、たくさんの過去の映像が流れた。
本編さいごの曲は、いちばん直近にリリースされた別れの歌だった。
「さよなら」の言葉に、ああ、彼らはもう未来へと進んでいくんだなと思った。ここが、ほんとうの始まりなんだなあと。

 

悲しいとか、さみしいとか、自分のなかのどこかにはきっとたくさんの感情がある。でも、彼らはポップアップで飛び出してきてくれた。大丈夫だよと、教えてくれた。
だから、悲しいかもしれないけど、さみしいかもしれないけど、それでも前へ前へ進んでいくことを選んだ彼らの未来を、十五年の年月に一度区切りをつけるような公演を見せてくれた彼らのこれからを、もう大丈夫だよと教えてくれた彼らの進む道を、わたしはこれからも見ていきたいなとおもった。やっぱりわたしは、笑顔の「関ジャニ∞」がだいすきなんですよ。


なにはともあれ、初日おめでとうございました!彼らの十五祭が、怪我なく病気なく熱中症もなく、さいごまですばらしいツアーでありますように。