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つれづれと

雑食おたくが綴る感想やら独り言やら写真やら。

※独り言

めっちゃすきでめっちゃすきでほんとにすきですきってきもちを測ることもことばにすることもむずかしいなあっておもうんですけどめっちゃすきでこれ以上にすきになる舞台作品ってないだろうなあって思ってたし現段階でも思っているんですよね。なんかね、ほんとにすきで。終わるときにいろいろ暴露しよ~っておもってたことたくさんあるんですけどとりあえず観劇のために休みをとろうと思ったらとれなかったんで、じゃあいいですと当時の職を辞め、新しい職に就いたくらいにはあれなんです、すきなんですよ。家族と大喧嘩した。そりゃそうだ、家族が全面的に正しいと思う。けどめちゃめちゃ反発して仕事辞めたし、そうしてできた時間で現場に行ったりしてました。クズだな!ほんとに、すきの度合いを測ることなんて簡単には出来ないと思うけど、とりあえずそのくらい人生の中心だったな~っておもう。ほんとにすきで~。たぶんいまもすきで~。ちょうすきなの~~~~~~~~~~~~~~。まあでも結局そのおかげでブラック企業からめっちゃホワイト企業に転職できまして現在はぬくぬくと暮らしているので結果的にセンキュー!というきもちはある。なにがすきかとかどこがすきかとかいうのはいままでさんざんよくわからん記事に書いてきたのでそっちのほうを自分で読み返そうと思ってるんですけどもじゃあなんで行けなくなっちゃったのかなあって思うとそれは単純に終わるよって言われたからだなあっておもいます。それまでもうせかいいちすきで自信を持って推していたんですけれども夏のイベントで終わるよ~ってあの大画面に映し出された瞬間に頭がまっしろになって視界はまっくろになって、いやあのときほんとになにも考えられなくなってずっと席から立ち上がれなかったしそのあと作品のこと考えてもなんにもたのしくなくなっちゃってそれからもうだめ。だめでした。そもそも終わりっていうのが昔から苦手です。最終回アレルギーと言うのでしょうか。生まれて初めて買った漫画も、これまででいちばんハマったと思っている漫画も、最終巻を買ってないし、最終話は読んでません。アニメも同じ。好きな作品の最終回は見ていないし、DVDも買ってない。ついでにだいすきなゲームはラスボス手前でセーブしたまま数年間触れていないし、ドハマりしたドラマの最終回とかもあと好きだったバラエティの最終回とかもだめですね。観られません。あとわたしはテーマパークが好きなんですけど、そこで開催されているショーの最終日最終公演とかも見たくないので行かないです。なんかね~~~~~終わりが苦手です。にがてなの。どうしても苦手です。わかってんの、見なきゃだめだってわかってるし自分の感情一つで物語の終わりを見られなくなることや最後を見届けられないことがどれだけ自分勝手でいわゆる「愛のない」行動かもわかってんのわかってるけど見られないものは見られないの。苦手なんですよね。だって終わるんだよ、だいすきでしかたないものが終わるんだよ。それが終わったら一生会えないんだよ。かなしいねえなんて言葉じゃ言い表せないなんかもうどうしていいかわからなくて最終的に「出会わなければよかった…」ってなる。愛が足りないからなのかなあでもどうしようもないんだほんとにどうしようもないんです。昔からそうだし治らないもんは治らないなあって今回のことでも思いました。どうしようもないんです自分のことなのに。それでもだいすきだから行かなきゃって思ってチケットをたくさんのひとに協力してもらって(ほんとうにありがとうございました)なんとか数公演行けることになってでもすごい倍率でまわりのひとぜんぜん取れないし転売は出回るし公式は煽ってくるしでそれもだめだった。煽ってくる公式がいちばんだめだった。はあ?って言った。いや向こうは煽ってる意識なかったでしょうが煽られてる!って思ってしまったので煽られてしまった。セルフで煽られてしまった(足元見ている発言のやつです。足元見られているつもりはなかったんだけど足元見られてるって思われてることがしんどかった)。そのときにこんなに行きたくない見たくないって思ってる人間がこんなすごい倍率の舞台に行くのはそもそもが失礼だなっておもったし、観たくないなら見なきゃいいんだよなってそのとき初めて気づいて。いままで、この三年間、とりあえずそこに「行くこと」が義務だった。なにを差し置いても、それこそ職を辞めてでも優先すべき義務だったけど、いやそんなことないわってそのとき気づいた。なんで義務にしてたかってたぶんだけど勝手に作品をもっと世に広めたいってきもちが強すぎて、このブログを始めたのだってついったをがんばって続けてたのだっておこがましい話ですがぜんぶ作品の話がしたかったからだしそのために続けてたしそうよね上演前にはたくさん更新したりとかそういうのもしてたけどでもそういうのいらねーじゃん!だってもう終わるし!ていうか!そもそもチケットの需要と供給がひっくり返ったんだから広める必要もねーじゃん!わたし用無し!もういいんだ!ってそのとき初めて気づきました。いつからそんなじぶんをがんじがらめで義務でしばりつけて行かなきゃ通わなきゃにしてたかはわからねーんですけどそういうのもういらないんだやらなくていいんだって思ったとたんにきもちがふわっと楽になって、すごい肩が軽くなって、そこらじゅうを走り回りたくなったのを覚えています。それが11月くらいの話。それまでは「終わるのが嫌なのに終わるのが嫌だって言ってそれでまわりとなんかなっちゃうことも嫌だ。けど終わるのが嫌だし終わりが嫌だし終わるということ自体が嫌だし見たくないけれど見なくちゃいけないのが嫌だ」ってずっとずっとまいにちずっとずっと考えてたんだけど、「誰かに見に行けって強制されてるわけじゃないんだから行かなきゃいいんじゃん」って気づけたから嫌なきもちがぱーって消えて、ほんとにね、楽になったほんとに楽になった。なんでこの答えに気づけなかったんだろう!?ってびっくりするくらい単純な選択をしました。止めてくれたひとたち、ぜったい後悔するよって言ってくれたひとたちありがとう。逆に、それがいいよ、すきにしなよって言ってくれたひとたちありがとう。チケットもらってくれたひとたちありがとう。というわけでわたしは今回、1公演も入ってないしライブも行ってないしで展開も結末も知りません。けれどそれでどうにかなっちゃうとかそういうきもちもなくとても楽で、これはこれでよかったなとおもってます。「見なければ永遠に終わらないんだよ」っていうわたしの主張に「いや、ほんとうは終わってるよ。お前が現実から目を逸らしているだけ」っていうもっともなご指摘をいただくことたくさんあるんですけどだれがなんと言おうとわたしは見ていないんだからわたしの中では終わってないしいつまでも結末はわからないままだしいつまでもわくわくしていられるの。終わるくらいなら終わらせないし中途半端のままでいい。作中に「自分の選択が常に最良」なんていう名言がありますけれどもこの数年それをいつでも都合よくとらえてきました。だから今回もそんな感じにします。最良なんだよねって言い聞かせるってよりかは最良だったなって思える生き方をしなさいよって話だと思ってるので最良にします。きらいになったわけではなくきらいにならないための選択だったといまは思います。最後だって思いながら見ることでぜったいマイナスの感情を生んでしまったろうと思うとそれを選ばなかったという選択を自分が最良だったと言い切れる人生にしたい。そうこれは人生の話だ。人生の話なんだよ。人生だと思ってたんだよ。じゃあ永遠に終わらなければいいのか?そんなもの作品である限り無理では?って問いかけるのですがなんかもっとやりようがあったら自分のなかでもどうにかこうにかなったんかな…とも思うんだけどどうだろう。結果論。たられば。4のときにああ終わるなってきもちがあってでもAWにあれだけ広げに広げてきたからあっだいじょぶなんだ!って思ってからの発表だったし急だったしライブも急だったし全員いないし、みたいな…。いや見てないから全員いなかったことがどう作用したのかわからんですが。どうしてほしかったかなんてわからない一番は終わってほしくなかった、それはたしかなんだけどいつか終わりは来るっていうのが世の定めで、それをわかっているようでわかっていなかった自分の責任なのかなとも思うけどでも、うーん、この先は行かなかった人間に発言権のない話になります。たとえば漫画作品で、最終回が決まってる作品と、最終回前に長期の休載に入ってしまう作品、どっちがいい?って聞かれたら、わたしは後者を選ぶんですよね。そういう人間だから、仕方ないんです。どうしようもない。終わってほしくなかった。というか、終わりだよ、って言ってほしくなかった。それだな。作品問わず千秋楽が苦手なのもきっと同じ。ああ終わりなんださいごなんだって思いながら見ることが、とても苦手。そして、終わりだから最後だから、なにかあるでしょうって思うその空気も、苦手。だからAWの最後がめっちゃきらいなの(笑)(笑)(笑)。そうそう作品のすべてにおいて絶対の信頼があったしすべてを愛しているけれどあの千秋楽だけはゆるさねえからなってずっと言い続けると思う。終わりの弊害。だから千秋楽がにがて。終わらなきゃいいのになあってずっと言い続ける。どうしようもないんだなあ。終わるよってなんであんなかんたんに言うの!終わらないでよ。終わらないでほしかった。終わりだよなんて言わないでほしかったよ。いつも通りふわっと終わらせてほしかった。ドラマがあるならなおさらだよ!終わんねーーーーーーーーーーーーーのかよ!!!!終わんないなら終わるよって言わないでくれよ!!!!!いや詳細わからんけど!!!!!知らんけど!!!!!推し出たらどうしようってずっと震えてるの!!!!!どうしようね!!!!?????勇気を出して演出家さんのブログを読んだんですけれどそこで最初から5作品の予定であったことを知りました。終わりが決まってたんだなあと改めて知りました。たとえば5作で終わるよって最初から言われてたらわたしはこの作品のことをこんなに好きでいたかなあとかもちょっと考えました。わからなかったです。永遠に続くものなんてないことは知ってるけれど、でも、んー、わからん。わからん。2のあたりできっと最終章のサブタイトルはガーネットだよねとか笑ってたこととか走馬燈です。わからないだってこれから大きくなるって思ってたもん!思ってたんだもん!終わるなんて思ってなかったもん!もんもん!悶々。年が明けてから無理矢理劇場に連れていかれる夢を何度か見ました。何者かにロビーにまで引きずって連れていかれて開演5分前に逃げ出す夢。恐怖。でも夢の中でも逃げるんだな!?ってちょっと感心した。自分の選択が常に最良でいたい。ほんとうにほんとにほんとなんですけれどきらいになったわけじゃないしきらいにならないためにやめたってほうが大きいです。いまでもふつうにみんながすきだしふつう以上に作品がすきだし出会わなきゃよかった…のとこまではいってない。いまは。10月くらいはそうだったかもしれないけど。いまはわりとたのしくついったーとかもしてます。出会えてよかったなあって思っている作品です。すごくたのしい3年間でした。すっごいたのしい時間を過ごさせてもらいました。きらいになったわけではないのでこれまでの話はするかもしれません。でもたぶんもうこの先を追うことはないんだろうなとはおもってます。義務を辞めたのですべてはわたしの自由です。そういう風にこれからも生きたいなと思ったら、ほかの現場での心持ちもちょっと変えることができました。あと、ほんとは公演に入るはずだったそれと同じくらいの金額の楽器を買いました。舞台は、作品が上演してくれない限りわたしがたのしむことはできないけれど、楽器は、わたしががんばれば、ちゃんと音が出て、それをたのしむことができるっていうのが、目から鱗というか、すごいことだ、と思いました。すごいことです。ひとつ学びました。これが人生だと思えるくらいの、感情をめちゃくちゃにされる、たくさんの経験をさせてもらえる、すさまじい、言葉で言い尽くせないほどの作品に、出会えたことに心から感謝します。それから、かんざきさんのおかげで作品を知りましたとかブログを読んでいろいろ勉強しましたとかいろんなうれしいことばをたくさんかけてくださったみなさんもありがとうございました。すごいうれしかったです。少しでも魅力が伝わってたらうれしいです。わたしのすきなものをいっしょにすきになってくれてありがとうございました。そしてもちろん386の皆様というか檻民の皆様もありがとうでした。ほんとにたのしかったです。ほんとにたのしかった!です!だいすきです。というわけで、これで終わり!終わりです。386のわたしはここで終わりです。ありがとうございました。ほんとにたのしい3年間でした。こんな締めでごめんなさい。ありがとうございました。すきです。ありがとね。