つれづれと

雑食おたくが綴る感想やら独り言やら写真やら。

プレゼント◆5と四方津睦季の2年半のはなし

●はじめに
2015年10月15日、だいすきなアイドルグループ「プレゼント◆5」が活動休止を発表しました。
たぶん、活動休止です。解散ではないと、おもいます。たぶんっていうのは、ひとによって休止だったり解散だったり言い方が違うからで、まあ、どっちにせよ、「プレゼント◆5」にはこの先とうぶん会えないよってことだそうです。
で、それを聞いたら、あーブログを書こう~ってきもちになりました。書きためているものたくさんあるんですが(ほんとうにごめんなさい)、まずこれについてのことを書こう~ってなりました。もともと、いつか書きたいなって思ってたことなので、ちょうどよかった、というか、いろんなことをまとめておきたいなって思って。


●「プレゼント◆5」とは
すっごい簡単に言うと、舞台作品のタイトルであり、そしてその舞台中に登場するアイドルグループのことです。わたしが言う「プレゼント◆5」もしくは「プレ5」というのは、後者のアイドルグループを指してることが多いかも。
舞台は2部構成であり、1部ではアイドルたちの姿を描き、2部でほんとにアイドルのライブをやっちゃうっていう、舞台とライブが融合した「アイドルステージ」という新しいジャンル(たぶん)の作品です。
そしてこの「アイドルステージ」(通称、ドルステ)の大きな特徴として「中の人などいませんよ」というのが挙げられます。これは読んで字のごとくなのですが、現実世界で考えれば「プレゼント◆5」というアイドルグループを「演じている」若手俳優さんがいるわけなんですよね。でも、そんなことはないんですよ、っていうのがこの作品、このシリーズのおもしろいところでして。あくまで俳優さんは物語中のアイドルたちのお友達だったりファンだったり。アイドルはアイドル。中のひとなんていない。アイドルは生きてる。劇場内はそういう空間でしたし、劇場の外、ブログやTwitterでもそういうスタイルを徹底してくれたため、とってもたのしい「ごっこ遊び」ができる作品でした。過去形になっちゃった。作品です。です。ドルステたのしいぜ~。イエー。


●『プレゼント◆5』とわたし
で、わたしはどうだったかというと、そんな『プレゼント◆5』という作品が、だいっきらいでした。というか、通っているうち、時間が経つうちに、だんだんと、だいっきらいになっていきました。まわりには隠してたつもりだけど、たぶんばれてたとおもう。
ここでのポイントは、あくまで『プレゼント◆5』っていう「作品」がきらいになってしまっただけで、「プレゼント◆5」っていう「アイドルグループ」はだいすきなままです。いまもそうです。我ながら、おたくってめんどくせえ~!
なんでこんなことになっちゃったんだろう?と考えれば、答えは単純明快、四方津睦季とかいうアラサーのせいでした。たぶんですけど四方津睦季がいなければ、わたしはいまでも『プレゼント◆5』という作品もだいすきで、そのままドルステを全力で追っかけてたきがします。ぜんぶ四方津睦季のせいだ!うそです、彼に罪はない。自分がめんどくせえおたくだからいけない。


四方津睦季とは
通称「ムツキ」、現実世界での表現をするならば『プレゼント◆5』に登場するキャラクターのひとりです。
イメージカラーはピンク、すきな飲み物は麦茶、ピチピチの29歳(再演当時。いまはもしかしたら31歳なのかもしれませんね)。
わたしは、彼が、だいすきです!!!!!!!!!!!
誰がなんと言おうと(いろんなふぉろわさんに怒られました。ごめんね!)、どれだけ現場で浮こうと(えっあのひとムツキさん推しだよ…?って指をさされたこともあります)、わたしは、彼がだいすきでした。いちばんでした。四方津睦季がこの世界で、この『プレゼント◆5』で一番の男だと本気で思ってましたし、思ってます。もちろんみんなだいすきだけれど、わたしにとってのいちばんのアイドルは、ぜったいに、この、ムツキさん、でした。
ムツキさんに出会ったのはもともとはムツキさんの「お友達」である加藤良輔さんがすきだったのがきっかけ、というのが大きいですが(そのおかげでプレ5のことを知れたわけなのでほんとにいつもサンキューってかんじ)、でもきっとたぶん、そういう入りじゃなく『プレゼント◆5』を知ったとしても、わたしは四方津睦季をすきになってたろうなあ、って思うくらいには、四方津睦季という人間がすきで、わたしのすきなものがぎゅっと詰まってるひとだなって思います。

さてこの四方津睦季について説明するには「プレゼント◆5」というアイドルグループがどのように誕生したかを説明しなければいけないのですが、ていうか初演再演の公演の内容はほぼそれで終わるのですが、ええともともと彼らは、ヴィジュアル系バンドを組んでいました。
「血の雨と無恥」、通称「雨無恥」というバンドは6人のメンバー。彼らはオーディション番組に応募しては落選し、応募しては落選し、そしてついに決断します。解散だ~!!!!解散!!!!!
そしてなんやかんやあって、彼らはアイドルグループとして再出発することを決心します。なんやかんやっていうか、まあ、女の子にモテるために…。そしてそれが「プレゼント◆5」という名前のつくグループになるわけです。
さて「雨無恥」では(なぜか)女装をしてキーボードを弾いていたムツキさん(雨無恥時代は夢々たんというおなまえ)でしたが、その「雨無恥」が解散したあともみんなとおなじようにアイドルへの道を目指すことになります。アイドルぽい自己紹介を考えたり、ステップの練習をしたり…。けれどだんだんと、彼の表情は曇っていき、最終的にある日、彼はほかのメンバーへ「自分は脱退する」ということを告げる、というわけです。アイドルにはならない道を選んだ四方津睦季さん、というわけです。
元々、彼は「雨無恥」が解散したあと、アイドルに転向することに対してはこっそりと反対だったようで、なにかと理由をつけては俺たちにアイドルは無理だよ~と言ったり、困ったような表情を浮かべてたり…ってしてたんですが、メンバーに「ムツキもやるよな?」と聞かれて「おっ、おう!」って返して、なんとなくというか仕方なく、アイドルを始めたので、乗り気ではなかったし、やっぱり無理だな、って思う瞬間が、そのうちやってきてしまったというわけでありまして。
でも、アイドルを辞めると宣言したムツキさんに、リーダーであるヤマトは「それでもいっしょにいようぜ。アイドルやらなくてもいいから、俺たちいっしょにいようぜ」と声をかけてくれ、そうして、四方津睦季はアイドルではなく、アイドルのサポート役、マネージャーとしての道を歩み出す…というのが「プレゼント◆5」結成までのお話でございました。ちなみに「プレゼント◆5」って名前をつけたのもムツキさんでした。6人だった「血の雨と無恥」は5人組の「プレゼント◆5」に生まれ変わったわけです。


四方津睦季とわたし
長くなります。だって2年と半年分ある。


・2012年冬~2013年3月:情報解禁~初演前まで
『プレゼント◆5』の情報が発表されたのが確かこのころだったと記憶しております。はっきりと覚えてるのは、なぜかその情報をディズニーランドで見てたってことです。夢の国で夢のアイドルの情報を見るっていう。
そして情報解禁されたとき、アイドルステージ第二弾であると知ったとき、第一弾作品(長くなるので割愛します)を思い出して「あ、あんなアイドルが加藤良輔さんにできるのか…?公演迎えるころには29歳だぞ…?まわりみんな若い子だし…」って言ったのを覚えています。今思えばめっちゃフラグ立ててた。
そして3月ごろからブログが始まったり撮影が始まったり、プレ5ビジュアルや雨無恥ビジュアルが出て翻弄されたり、公演前にはPVが公開されたり、滑り込みでライバルの三日月とかいうグループが発表されたり。毎日タイムラインがわいわいしていたのを思い出します。三日月発表されたときは本気で「このひとらのファンの方はいまからチケット取るの!?たいへんよ!?」って思ったんですけどそこらへんは大丈夫だったのでしょうか?まあそんなそわそわする中、同時に、はっきりと気づかされることがありました。「プレゼント◆5」に、四方津睦季はいない…。
公式サイトのあらすじにも、公開された「空に落ちる idolVer」にも、ムツキさんらしき姿はない。ていうか、キービジュアル?メインビジュアル?にもいない。「プレゼント◆5」と紹介されている5人しかいない。
「もしかして…プレゼント◆5とは5人グループなのか…???」とやっとこさ気づいたのは公演直前だった気がします。ていうかたぶん目を逸らしていたんだとおもいます。無理だろ~とか言いつつアイドルやってるところは見たいと思ってたし。ていうか、ひとりだけハブだったらどうしようそれが年齢のせいだったらどうしよう…なんてことも言ってました。フラグだってば。
でもまだあきらめきれないので、きっとこれは作中で「プレゼント◆5」にムツキさんが加入するお話なんだろうね!とかふぉろわさんと盛り上がっていた記憶があります。こっちはフラグにならなかった!
どうでもいいですがこのときの四方津睦季のビジュアルがオレンジの髪の毛なのいま見返してもジワジワきます。どのアイドルより目立ってる。


・2013年4月:プレゼント◆5
会場は新宿シアターサンモール。電波が入らないことでおなじみの劇場です。
そんな劇場へ、いそいそと初日を見に行ったわたくしは、そこで、気づきました。これは、これはすきなやつだ…。と。なんかみんなうるっさくてやかましくてお話も無茶苦茶で、でも勢いがあってなによりみんながきらきら輝いていて、うわー!これはすきなやつ~!すきだ~!って思った記憶があります。
しかし逆に「四方津睦季…???????」というきもちにはなりました。正直、2部のライブパートでピンク振る準備できてるぞ!よっしゃこい!って張りきってたんですけど、ぜんぜん振らせてもらえなかったし、気づいたらライブ終わってたし、し、四方津睦季…!?ってなってました。でも本編たくさん出てくるし、チラシも配ってくるし、ま、いっか~。それよかアキラかわいいな~。みたいに思ってた初日。たんじゅん。
いやそもそもこのころは『プレゼント◆5』というたのしいコンテンツに出会えた喜びでいっぱいだったので、マイナスなこと考える余裕なんてなかったんで、ふつうにすごい楽しんでました。初日以降も、毎日通って(確かこのときドリライかなにかと時期被ってませんでした?みんながテニス行く中いっしょうけんめい新宿に行ってた記憶があるんですけど?)、たくさんのキラキラを吸収してました。
このころはまだ「アナザーワールド」(中の人なんていないというごっこ遊びを表現する言葉)という観念があまりなくて、カーテンコールはふっつ~に役者さんが挨拶をしていたし、日替わりゲストもいたので、そのひともゲストとして挨拶をしていたり、と、まだまだふつうのお芝居みたいでした。そしてふつうのお芝居だったことや、プレ5のメンバーがまだまだ若い子ばかりだったことなどから、ことあるごとにムツキさんがぐいぐい引っ張り出されていたのも初演ならではだよなあ~って思い返します。日替わりゲストさんにもたくさん絡んでいただけて…みたいなね。
あ~、あとそれからそれから、ムツキさんの幻のマカコが拝めたのもびっくりでした。マカコっていうぐるんって回るアクロバットの技があるんですが、それをムツキさんが披露してくれて、でもあれ、すぐなくなりました。だってひやひやしたもん。最初こそ沸きましたが、後半は29さい無理すんなよって見てた。
そんなかんじで、春の初演はたのしいが強かったきがします。ただ「俺もう29歳だよ~?」って発言だけ引きずってた記憶はありますが。それ以外は、たのしいなってきもちが強かったし、なんていうか、いまとなっては笑ってしまうようなことですが、「プレゼント◆5は6人だな」って、思えてた時期だったなあなどと。初演の千秋楽のあと、さみしすぎてずっとジョナサンでうわ~んぷれごがすきだよ~ってぐすぐすしてたのもいまとなってはいい思い出です!!!!!!なんてね。

 

・2013年7月:サンストリート亀戸ライブ
「プレゼント◆5」がサンストリート亀戸でミニライブをやるらしい。しかも「三日月」も来るらしい。初めてその話を聞いたとき、よく意味が分からず大混乱だったのを覚えています。
だって「プレゼント◆5」って『プレゼント◆5』という舞台作品のなかだけのアイドルグループだと思ってたんですよね。それが、現実の、ふつうのショッピングモールでライブをやるんだっていうから、それはもう「プレゼント◆5」も現実じゃん。ってすごいなんか、すごい感動しました。こういうところから、アナザーワールドへの地盤が固まってきたというか、ファン側もそれを受け入れ始めたきがします。
ヤマトが2階の階段からひょっこり顔を出した瞬間、ああ現実になった、としみじみ思いました。アイドルが現実になった。要さまのお誕生日をお祝いしたシュールすぎるコーナーも、ライブのあとの握手会も、それを見ていた一般の方が投稿した「今日はプレゼント◆5?とかいうアイドルがサンストに来てたよ」というツイートも、すべてがアイドルたちをアイドルたらしめていてぞくぞくしました。すごいわくわくしました。
ところで、わたしはバカなので、とってもバカだったので「出演:プレゼント◆5」という表記に当然のように「6人でプレゼント◆5」なんだから四方津睦季もいるよね?ってきもちで足を運んで、最後の最後まで本気で彼を待ってました。テントのなかにいるんでしょ?って本気でおもってました。出てこなかったけど。ていうかそもそもいなかったけど。いなかったけど~!!!!!
というわけでこのイベントを機に「じつはプレゼント◆5は6人ではないのかもしれない…?」と思い始めます。じゃあ四方津睦季ってなんなんだ?って真剣に考えるきっかけとなったイベントでもありました。


・2013年8月:プレゼント◆5 side三日月
みんなだいすき青山円形劇場での公演でしたね。ほんっとうに円形たのしかったですね~!?ほんっとうに円形たのしかったです~!円形たのしかったです~!
今回の公演はプレ5のライバル、三日月が主役のお話。じつは三日月も元々はバンドをやっていて~…リーダーがなんやかんやでアメリカに行ってしまって~…残ったメンバーでアイドルを始めて…という、春のプレ5公演のときは謎に包まれていた彼らのいろんな面が垣間見える公演でした。順くんの包帯が印象深い。
この三日月公演、内容としてはわたしとってもすきで、ほんとにとってもすきで、す、すき…尊さん…尊さん…っ…てなるような、うっかり要さまから尊さんへの乗り換えが発生してしまうような、ていうか最後のシーンがほんとにいまでも目に焼き付いて離れないくらいには、そのくらいにはすごいすきだったんですが、このころから、あ、あれ…?って思うことが多かったなあなどといま振り返るとおもいます。

まず物販。パンフレットなどのほかに生写真があったので、終演後に四方津睦季さん買いに行こ!と思っていそいそ物販コーナーにいったら、なかった。四方津睦季さんの生写真、なかった。てっきりあるもんだとおもってたので、事前に調べるだなんてことしなかった。ので、びっくりしました。めっちゃびっくりしました。
??????なんでだ????????って、すごい考えてもわからなくて、なんでないのかわからなくて、実際いまでもわかんないんですけど、なんでお写真なかったんですかね?出てないならまだしも、がっつり出演しているし、なんなら、プレ5メンバーよりも「四方津睦季」としての出番というか、立ち位置、役回りは、大事なとこ、やってませんでしたか…?ちゃんと尊さんと関わって、最後そっと彼の背中を押す、きらきらしたあの夏の四方津睦季は、わたしの、幻、でしたか…??????
プレゼント◆5は、5人じゃなきゃだめなんですかね。お写真に載せることも、できないんですかね。そ、そうですか…ってなる一方で、ムツキさんが金欠のわたしを気遣ってくれたんだねそうだね!とか言ってたきがします。そうでもしないとやってらんねえ!

そしてもうひとつは握手会。公演前にこんな記事が公式ブログに上がりました。→http://yaplog.jp/present_5/archive/109
終演後握手会ですって!とびっくりした記憶がありますが、これ以降、終演後の握手やお見送りは定番のようになった気もしますね~。会いに行けるアイドル。
さてこの記事を読んだときも、やっぱりわたしはバカだったので、やっぱりどうしてもバカが抜け切れていなかったので、いま思えばほんとにバカだな~っておもうんですが「プレゼント◆5」という表記を見て、握手会には四方津睦季もいるんだな~ってあたりまえのように思ってました。サンストにはいなかったけど、だって公演には出てるもんね。そこにいるなら、出ない理由がないもんね。ぷれごは6人でぷれごだもんね。そうだよね。
…もうお察しかと思いますが、握手会に、四方津睦季はいませんでした。
これもやっぱり、なんでいないのかわからなくて、どうしていないのか、なんでムツキさんに会えないのか、会わせてもらえないのかわからなくて「プレゼント◆5」とはなんなのか、四方津睦季とはなんなのか、マネージャーとはなんなのか、と真剣に考えては、真剣に悩みました。
そして同時にわたしを追い詰めた(言い方が不穏すぎますがほんとうに追い詰められました!!!)のが、白金尊というキャラクターで。先ほどもちらりと触れましたが、わたしはこの尊さんというひとにズドーンとやられ、その後も白を振ることになるわけですが、このお方、端的に言うとアメリカへ追いやられてしまって、バンドを強制的に辞めさせられちゃうお人なのですね。で、残された尊さん以外の面子でアイドルの「三日月」をやる、と。
でも、尊さんは握手会にいるんですよ。「三日月」というくくりの握手会に、尊さんはいるんですよ。
??????????????????????????????????????????????? むつかしいことはよくわからない。
別に、四方津睦季に接触したいとか、握手がしたいとか、そういうわけじゃない。そういうわけじゃないんだけど、こうやって、四方津睦季を出し惜しみ?することにいったいなんのメリットがあるんだと思ったし、なにより、四方津睦季は軽んじられているんだなあっておもったらすごい悲しくなりました。四方津睦季という存在も、そして四方津睦季がだいすきなわたしのような人間も、べつにどーーーーでもいいと思われてるんだろなと思いました。これ言ったらだれかにすごい叱られた記憶があるぞ…(笑)。でもほんとにそう思ったんだもん!!!!!!

ちなみに、千秋楽は握手会は全員参加!ムツキは~!?ムツキもいるよ~!!!キャ~~~~~!!!!!みたいな展開になって全員勢ぞろいで四方津睦季も握手会に参加してくれたのですが、ありがたいと思うと同時に「いや出せるなら最初から出せよ?」とは思いました。ごめんね。けれど千秋楽はカテコのムツキさんゼロズレドンピに座れて、ムツキうちわを指差して笑われ、ありとあらゆるファンサの恩恵を受けたありがてえありがてえ思い出もたくさんあるのでいい日だったなという印象です。

なんやかんや思うところはあり、このあたりから運営サイドへの過度な四方津期待はやめようと決心するわけなのですが、前述のとおりお話がすごいすきで三日月がすごいすきで、そもそもわたしアイドルたちにはなんにも罪はないとおもってるんでむしろアイドルへのすきなきもちはここらで増えた気がします。
じつは6人で「プレゼント◆5」という曲を歌って踊るのもこのときだけだったんだ。だから、忘れられない公演です。いろいろあってたくさん通えなかったのが悔やまれる。でももっと入ってたらもっとつらくなったのかな~。握手会つらかったのかな~。とは思いますが!


・2013年9月:学園祭
行ってないので割愛します。たしか加藤良輔さんのなにかと被ったんじゃなかったかな…。なので四方津睦季は欠席です。


・2013年10月:勝手に!ドルフェス2013
伝説のドルフェスです。チケット販売でいろいろあったねえ、と遠い目をしてしまうドルフェスです。品川ステラボールで昼夜2回公演。
8月のside三日月にて四方津睦季への対応でフルボッコに精神をやられたわたしが、どうしてドルステをやめられなかったのか、どうしてとっととドルステから離れられなかったのか、その原因を考えると、やっぱりこのドルフェスのせいなのかな^^っておもいます。そのくらい、たのしくて、しあわせで、しんじられないことがたくさん起きた1日でした。などと。
そもそもこのドルフェスの出演者一覧を見ると、四方津睦季は「プレゼント◆5」の中に入れてもらっているんですよね~!(同じく、白金尊さんは三日月に入っている) それが、そんな些細なことがどうしようもなくうれしくて、ていうか出演者一覧に入れてもらっていることがほんとにうれしくて、四方津睦季が表舞台に立つのであれば見に行こうと、それがわたしが彼にできることだ…みたいなきもちになって(このころから、四方津ガチ勢をこじらせて、おかしなことになっていきます。)、意気込んで品川へ行ったきがします。

結論から言うと、四方津睦季は最初客席からプレ5を見守っていたのですが、無理矢理ステージに上げられ、最終的にはみんなを従えセンターに立ち、歌って踊っていました。夢か…?っておもいました。あとから連番した友人に聞いたところ、ムツキさんが歌い始めたとき、わたしは本気で呆然として固まっていたそうです。だって半分くらい記憶にないもの。
四方津睦季さんは、要らない子なんかじゃなかった!みんなの真ん中に立って、みんなの中心にいても遜色のないくらい、きらきらした魅力を備えたお人だった!!!わたしの目に狂いはなかった!!!!かっこいい!!!かっこいい!!!かっこいい!!!!!!

すでにこのあと10月下旬から公演が始まることはわかっていたので、もしかして、公演でも、こんなふうに、四方津睦季もちゃんとステージに上げてもらえるかも!?4月の初演から半年、公式に干されたことも多々あったけど、これを機に、四方津睦季の扱いも変わるかも!?わたしはいま、歴史の変わる瞬間に立ち会っている!?
なんて、思わせてくれちゃったのが、ドルフェスの罪なところだったよなあ~~~~~~~~~~っていまになってはおもいます。あの、1日限りのきらきらを知ってしまったから、諦められなくなった。歌えないなんて、踊れないなんて、年齢が~、だなんてうそだ。そんなことを、思わせてくれちゃったから、わたしは捨てられなかった。そうおもいます。
その証拠にこのドルフェスのたのしさ、しあわせなきもちが、今後の自分の首をどんどん絞めてくるんだから、おたくってほんとに厄介で、鬱陶しくて、なんなんだ…ってかんじですよね。首を絞められた結果、ドルフェスDVDを手にした時も、ムツキさんが映っているところは一度も見られないまま手放してしまいました。見る勇気がありませんでした。いまだったら見られるのかな。

 

・2013年10月~11月:プレゼント◆5~満月にリボンをかけて~
通称オータムライブ。毎日代わる代わるsideプレ5、side三日月を上演するという、たいへん面白い試みをしてました。4月と8月にやった公演の再演ですね。会場は東京はシブゲキ、名古屋はテレピアホール。そう、初めての地方公演もあったのが、このときです。

オータムライブ、ほんと~にたのしかった。あの、ほんとにたのしかったんです。たのしかったんですよ~!たのしくなかったらこんなに通わねえよ!ってくらい通いました。シブゲキに毎日いました。
ファンに「リボン」「アムール」ってついたのもこのときで、MCが日替わり回替わりの愉快なやりとりになってたり、とにかくわたしはシブゲキって空間がすきだったなとおもいました。毎日行って、毎日たのしかった。どこで見てもたのしかったです。とても。たのしかった思い出もたくさんあります。とっても。みんなだいすきです。それはほんと。名古屋もたのしかったです。久々に遠征なんてものをしたけれど、ほんとうになにからなにまでたのしかったなあなんて思い返します。行きのバスが遅れて、乗り合わせたリボアムさんたちと「片桐を呼びましょう…!?」って話したこととか。なつかしいね。ふふふ。
しかし厄介で面倒で鬱屈したおたくであるわたくしは、たのしければたのしいだけ「つらい」ってなってました。つらくなるために公演に通っているわけではない…ちがうんや…。
なんでかって考えると、この再演で手直しされた台詞のひとつがどうにも飲み込めなくて、そしてこのオータムライブでは露骨に「マネージャー四方津睦季」を意識させられることが多くなったからかな~っておもいます。

台詞の面はもうこれは個人の受け取り方の問題なんですけど、初演ではアイドルにならない理由をムツキさんは「俺もう歳だから~」みたいに言っていて、それはもう、気にしなければいい話ではないですか!!!ってすごい思っていたのです。ぶっちゃけ29歳でアイドルしてるひとたちなんてたくさんいるし、歳だからどうこう言ってるうちは説得次第でなんとかなるぞ!って思っていて。だからこそドルフェスでのステージが実現したんじゃないかなともおもっていて。だから、いつかまた四方津睦季が表舞台でパフォーマンスをすることもあるんじゃないかなと思えていて。
けれど再演でここらへんの台詞が変わり、アイドルにならない理由は「歳だし、胸がカ~って熱くならないから」に変更されたんですね。いままでは、「雨無恥」時代のお前らの音楽に胸がカ~って熱くなって、俺音楽すきだ~!って思っていたけど、アイドルになってからはそうならないから、だから辞めるって、そういう言い回しになったのですね。
そしたらもう、こちらからできることはなにもなくなってしまったな…と思うと同時に、そこまで、そこまで四方津睦季に言わせてしまうのか…と、再演初日に、すごい絶望を、したのを、覚えてます。だってそんなの、そんなのあまりにも四方津がかわいそうすぎるよ~;;;ってめっちゃ泣いた記憶もある。そして、もう表舞台に立つ四方津睦季には、期待しないほうがいいな、と思った記憶もあります。本人がやりたくないなら、もうそれは変わらないんじゃないかなって。ドルフェスみたいなことは、もうないんじゃないかなって。
それと同時に、彼は自分のぜんぶを費やしていた音楽を手放すほど、手放してもいいと思えるほど、5人がすきで、5人といっしょにいることを選んだんだなって思ったら、それはすごいことだなともおもいました。
いつだって考えすぎなんです~。そういうおたくなんです~。

そして「マネージャー」としての四方津睦季の立場のはなし。今回はちゃんと写真出してもらえました~!やった~!
ただ、握手会はいませんでした~!だよね~!知ってる~!でも白金尊さんは握手会にいました~!だよね~!知ってる~!!!!!いや、今でこそこんなかんじのテンションですが、当時はドルフェスのことをまだまだ引きずっていたので、握手会やるよって発表されたときは「今度こそ四方津睦季!!!!!!」って本気で考えたんですが「みなさまのお越しをお待ちしてます!」的な集合ショットに尊さんはいてムツキさんがいなかったときにいろんなことを察して、察したけれど納得はできなくて、うわーんなんでなのー、うわーんうわーんって泣いていたら、マネージャーなんだから当たり前でしょう、ってふぉろわさんに諭されました。
そのとき、ああそうか、四方津睦季はマネージャーだったな、と思い出しました。ほんとうに、ドルフェスの一件で、そんなあたりまえのことを忘れていたのです。でも、そうやって、マネージャーだから、と納得をするのは、なんかかなしいなともおもいました。でも、納得しておくことにしました。
結局ふたを開けてみれば四方津睦季はマネージャーとしてきっちり握手会の横でチラシ配りをしていて、まあそこなら剥がしもいなかったんでのんびりお話はできたんですが、握手とチラシ配りの距離感がやっぱりさみしくて、でもさみしいのはわたしだけなのかな~、四方津睦季は納得してんだろな~なんてしみじみしてしまって、複雑なきもちでチラシを受け取りに行くたびにきらっきら四方津スマイルに浄化されて帰って行ったきがします。あ、やっぱり白金尊さんはふつうに握手参加されていました。べつに敵視しているわけじゃないのよ。すきですよ。ほんとよ。

それからそれから、そういう目に見えての扱いだけじゃないところも、マネージャーとしての四方津睦季が強調されたのがこのオータムライブだとおもいます。オータムライブになると『プレゼント◆5』自体の世界観がしっかりきっちりしてきて、ほんとうに、隙がなくなってきました。ファン側もそれを全力で楽しんでいましたし、春と夏と比べるとほんとうにしっかりしていて、だからこそ、四方津睦季の居場所はどんどん表側からなくなっていった、そんなきがします。
まず、公式ブログに出なくなりました。もともとたくさん登場する人ではありませんでしたが、ほんとにぱったり、出なくなりました。途中までほんとうにレッスン(という名の舞台稽古)に出ていないのかと思ったくらいでしたが、ムツキさんのお友達(ということになっている)の加藤良輔さんは毎日稽古に行っていたようなので、ちゃんと、参加しているのに、びっくりするくらい公式ブログに出なくなりました。
そして、公式Twitterにも出なくなりました。『プレゼント◆5』の公式Twitterは、スタッフの呟きだけでなくアイドル本人がたまにひょっこり顔を出してツイートをしていくことがあり、俳優さんとも絡むことが多かったのですが、四方津睦季はまったく登場せず、加藤さんにもぜんぜん絡んでくれませんでした。しょぼーん。
しかし、さみしかったので、アホみたいにアンケートに「Twitter四方津を出してください」と公演中書きまくった結果、ある日、ようやっと、四方津睦季からのツイートが来たのです!!!わーーーい!!!!
けれど、ムツキさん来たよ!と言われ、うきうきしながらツイートを開けば、そこに記名されていたのは「スタッフM」という名前でした。び、び、びっくりしました。四方津睦季は、ついに、名乗ることすら、許されなくなっていたのです。びっくり。…びっくり。
これはなんのメリットがあるかっていったらたぶんアナザーワールドをとことん守るための演出のひとつなんでしょうが、だ、だったら、何度も引き合いに出してごめんだけど(ほんとにすきだよ)、白金尊さんがTwitterに出るのもブログにいるのもアナザーワールド的にはアウトだからな…おまえいまアメリカにいるんだろ…って、すご~く、思いました。結局のところ、四方津睦季がマネージャーである、という点ばかりがどんどんプッシュされて、目立っていたかんじです、ね。

しかし、振り返ってみれば、なんやかんやでこのオータムライブは、しあわせなこともたくさんありました。だからたのしく乗り切れたきがしました。四方津睦季とわたし、というタイトルで書き始めたのでちょろっと記しておきますけど、前説が終わったあともずっとピンクを点灯させていたら「おまえまだ色変えないの!?」って振り返って二度見してきたり、四方津睦季さんがライブに登場するのってカテコのときの1曲のみなんですが、そこでもピンク振ってるだけですごいうれしそうな顔をしてくれたり、うちわを見て爆笑したり、麦茶をわけてくれたり、最終的にはキンブレもうちわも出してないのにファンサを飛ばしてきたりと、やりたい放題の四方津睦季さんが拝めたのは、やっぱりこのオータムライブがあったからで、ロビーでチラシを配っているところでもいろんなお話ができたことも、このオータムライブに通っていたからで、そう考えると、通い詰めた日々は嫌な思い出にはまったくなっていなくて、それは偏に四方津睦季さんのおかげだなあ~とおもいます。四方津睦季のせいで苦しんで四方津睦季のおかげで救われてる。輪廻転生感ある。
そしてオータムライブでしあわせだったのは、ムツキうちわを持っていると、ほかのアイドルたちがすごいやさしかったことですね。特にヤマトとナカシンさんが、とってもやさしくて、たくさん介護されました。ヤマトさんわざわざうちわ覗き込んできたりとか、麦茶投げてくれたりとか、なんだよ四方津睦季のことだいすきかよ~;;;;;;ってしあわせになれました。
ちなみにいちばん笑ったムツキさんとの会話は「きょうもたのしかったです~!」「え?あしたも来るっしょ!?」ですかね。ウィッス。います。ああもうムツキさんとお話できないとおもうとそれはすごいかなしいな~~~~~。いまさらじわじわきた。すごいかなしいなあ。


あれ、なんか、わりとしあわせでしたね(笑)。
でも、しあわせだからこそ、毎日とってもつらかったです。ムツキさんはこんなにもステージの上でキラキラしていて、こんなにもたくさんのキラキラを分けてくれるのに、たしかにここにいるのに、なんでいないみたいな扱いをされるんだろう~、って。握手会にいないのはまあ、まだ、まだ、わかる(あんまり納得したくなかったですけどね)。けど、ブログにもTwitterにもいなくて、それでも「写ってないけどいますよ!大丈夫!撮影者四方津睦季ってことで!大丈夫大丈夫!」って、いることにされてるかんじが、なんかもー耐えらんなくて、これ贅沢って言われたら贅沢なのかな?なんかこのときも贅沢だってふぉろわさんに怒られたんですよね、怒られてばっかりじゃんねわたし。よくわかんないんですけど、毎回毎回つらさ感じる脚本で、2部はカテコのみの1曲だけの登場で、それでも、いるだけありがたかったのはわかるんですけど、でもやっぱ、つらかったですね。
sideぷれごとside三日月というふたつのお話を日替わりで上演していたのですが、そのせい?か、四方津睦季と白金尊さんを重ねる演出もされているのもなんかつらかったです。いや、そんなこと言っても尊さん握手会にいるしTwitterにもいるしブログにもいるからね。いっしょじゃないからね。みたいなね。そもそも「脱退組」という扱いは一緒でも辞めた理由がまったく違うので、いっしょにするのは尊さんにも申し訳ねえよ~っておもってました。
というわけでこのころは四方津睦季を見ている間はしあわせだからこそ、帰り道とかに「でもプレゼント◆5は5人なの…つらい…」ってなるのが、躁鬱かよってかんじ。そう、このころはもう完全に「プレゼント◆5は5人」でした。だってそういう扱いにされていたもの。いまさら「6人だよね!」とかは絶対言えませんでした。


・2013年12月:クリスマスライブ
なんやかんやで両日行きました。博品館。なつかしや~。チケット戦争でしたよね。なつかしや~。チケットにアイドルの名前しか書いてなくてね~。いい演出でしたよね~。
まあ、さすがに四方津睦季さんが来るとはそこまで期待してないよ~と言いつつスケジュール的にはOKだったので半分くらいは期待してたんですがもちろんいませんでした。ナカシンも尊さんもいたので、オータムに出演していてこのクリスマスに出演しなかったのは四方津睦季のみ、となります。ここまでくると逆にVIP感があっていいのかもね。などと、いまならば言える。当時は…うん…。
とにかくナカシンさんが歌った瞬間にこの世の終わりみたいな顔をしてしまって連番相手にとてもご迷惑をおかけしました。ここでナカシンのソロがあったことで、本公演、もしくは『プレゼント◆5』単独イベント、ライブにてステージ上で歌を歌ったことのないのは四方津睦季ただひとり、ということになり、この記録は結局このまま守られたまま、となりました。ここまでくると逆にVIP感が以下略。

ここらへんのわたしはいろんなきもちを募らせすぎて「四方津がなにかしましたか!!!???」と絡み酒のようなテンションになっていたとおもいます。このクリスマスでやっとドルフェスオータムのたのしい貯金が底を尽きて、もしかしてわたしはこのコンテンツのこときらいなのでは?と思い始めてきます。おそい。


・2014年3月:加藤良輔生誕祭
いまでも不思議なんですが、どうして加藤良輔さんのイベントにアイドルグループ「プレゼント◆5」がいらしてくれたんですかね…。
チケットを捌けさせるつもりだったのか、それともぷれご側のご厚意???だったのかは知りませんが、もともと行くつもりでチケット確保していた身からすると、な、なんで来るの…?って大混乱した記憶しかありません。いろんなひとから「生きて?」ってめっちゃ連絡来た。
だって、これがヤマトとかアキラとか、要さまとかのアイドルのお友達のお誕生日イベントでのゲストならまだわかる。まだわかるんですけど、だって加藤良輔さんのお友達って四方津睦季だよ?Twitterにもブログにもほとんど登場しない、存在をほぼほぼ消されかけている表舞台に立つことを許されていないただのマネージャーの四方津睦季だよ?なんでそのひとのお友達のお誕生日イベントにアイドルが来てくれるんですか?なんでですか?なんでさんざん四方津睦季の存在をなかったことにするようなことたくさんしておいて、こういうときだけ都合よく利用するんですか?舐められてる?舐められてる!!!!!!!!!!
てなわけで当日までぜんぜん楽しみじゃなかったのですが、ふと気づいたことがあって。も、もしかして加藤良輔さんは本日の主役なのだから、「プレゼント◆5」に混ぜてもらっていっしょに歌ったりするのでは?ワンチャン四方津睦季が歌わせてもらうこともあるのでは!?そうして、そこから「プレゼント◆5はやっぱり6人だよ!いままでごめんね!」っていうストーリーが始まるのでは!!!???だってわざわざ来てくれるんだし、そのくらいのことはあるのでは!?なんて、思い始めてしまって。
ほんっとうにわたしは学習しないバカなのでほんっとうにバカだな~って、ほんとにバカなんですけど結論から言うとそんなことは欠片もございませんでした。
それどころか、四方津睦季は出てきたのにいつもどおりチラシ配りだけして去っていきました。完全に前座。完全に「プレゼント◆5」の前座。あ、あれ…?えっ…????
ほんとになんだったのかわからないんですが、歌って、四方津睦季の話をちょっとしてくれて、みんなで記念の写真撮影をして、彼らは捌けていきました。マジでなんだったんですかね。マジでなんだったんですかね…!?いま思い返しても謎すぎる。よくわからないなりに、結局こうして都合よく利用されるのが四方津睦季なんだな~っておもったら悲しさしか残らなかったです。もうきらい!!!!もう春の公演行かねえからな!!!!!って決めたのはこのときです。


・2014年4月、5月:スプリングライブ
行きませんでした!!!!!!!だって行かないって決めてたもん!!!!!
公演のあらすじを見たときになにも考えずに「犯人は四方津!」って勝手に言ってたんですが当たってた?のかな?


・2014年6月:ETL(四方津睦季生誕祭)
ETL、ってのがあるんですよね。わたし、じつは一度も行ったことがないので詳しくは知らないんですが、ちゃっくあっぷさん側の事務所が主催のライブだった…のですよね?
このイベント告知に、まあ予想通りというかなんというか、四方津睦季の出演情報はありませんでした。
しかし、この開催日がなんとまあ狙ったかのように四方津睦季さんのお誕生日でして、スケジュール的にも行けそうじゃん!ってなってたので、きっとサプライズゲストで来るんじゃないの~?とか言われてまして。わたしもそれを考えてまして。
そしたら、ビジュアルボーイっていう若手俳優の情報とか写真とか掲載してるサイトに、四方津睦季も出るよ!!!って、告知が出たんですよ!!!わ~~~~!!!!
もちろん本気にしました。お誕生日だし、来るんだ!やったー!出るんだ!!!プレゼント◆5の一員なんだ!やったー!!!
…と、思ったら、数時間後に訂正記事が発表されまして、まあ、さっきのは誤報でした、と。今回のETLに四方津睦季さんは「出ません」と訂正されまして。
で、当日、四方津睦季さん、登場したんですけどね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
イエーイハッピーバースデー。わたしは行けませんでした。これが唯一、四方津睦季を生で見られなかった現場でした。あとのムツキさんはぜんぶこの目で見てます。
いるんだかいないんだかそんな存在があやふやな男四方津睦季はお誕生日でも存在をあやふやにされてましたよ、って話です。


・2014年11月:ネルフェス
武道館だよ…武道館…。武道館にプレゼント◆5が立つんだってよ…。
どうでもいい話ですがわたしはこれはひとりで見に行こうと思っていたんですがいざ当日席に着いたらなんかいろいろ奇跡が重なり友人と連番で見ることが出来たっていう愉快な現場でした。
武道館に「プレゼント◆5」。すごいことです。ただ、今回は武道館で「血の雨と無恥」が復活するっていうのも告知されていたので、それもすごいことだぞ…って、きもちで、見に、行ったら、初っ端、ほんとうに初っ端のオープニングアクトで雨無恥さんがご登場されて、ひええええうえええええええってして、燃え尽きました。
でもそのあと四方津睦季としてご登場してくれてすごくうれしかった…最後みんなで一列に並ぶところで引きずり出されていたのと、そしてさいごのさいごのご挨拶もみんなで一緒に出て来て、ああ6人だ…ってきもちになりました。さいごのさいごは、ヤマトくん不在だから5人だったけど。そういうところ、むつかしい。
風船をえいえいえーいって投げまくる姿は一年前のドルフェスを思い出しちゃったりもしました。思えば、毎年秋にこういうフェスティバル的なことをやっていたのですね。


と、いうわけで、このイベントが、この武道館が、この、一言もしゃべることはなく、そっとアイドルたちのうしろで彼らを見守っていた、このネルフェスこそが、わたしが、いえ、みなさんが、四方津睦季を見た、最後、となりましたね。
武道館で一度完結するかと思われた「プレゼント◆5」の物語でしたが、これからも活動していきたいという言葉、そして実際にちゃっくあっぷさんと一緒に活動している姿などを見て、ああこれからも続いて行くのだと、武道館がおしまいでなくてよかったなあと思っていました。そして「プレゼント◆5」がある限りは四方津睦季もそこにいるだろうと、またいつか会えるだろうと、そんな楽観的なことを考えていました。
まさかここが最後とは思わねえよ~~~~~~。武道館の、ステージで、照れ笑いをずっとしてた四方津睦季さんの横顔が忘れられません。武道館のステージでジャンプした瞬間に背中のリボンがふわりと揺れて、ああ彼がリボンだと!彼がリボン第一号なんだな~と!思った!!!そんな日でした。


・そのごの舞台とかイベントとか
割愛いたします。ちゃっくあっぷさんに関してはウィンタートリップのみお邪魔しました。
ピンクを振っているにんげんにヤマトくんがウルトラ優しかった記憶があります。ちゃっくあっぷさんだとマルルン、高校生さんだとひやまくんがすきです。うふふふふ。

 

・2015年10月15日:みんなで!ドルフェス
そして記憶に新しい、ドルフェス2015。会場はO-EAST。まさかのオルスタでしたね?うちわ使えなかった。
わたしはもうドルステからはほぼほぼ遠ざかっている状態で、四方津睦季にお前らがしてきた仕打ちわすれねえぞ…みたいなくらいの気分で、ほんとに遠目で見ているだけだったのですが、今回ぷれご三日月尊さん含めアイドルが全員ライブ2日目に揃うこと、そしてなにより、狙ったかのように、というかおそらく意図的としか思えないように、同日に「ねずみ男子」として、加藤良輔さんが出演することを知り、行くことを即座に決めました。
だって…だって、ねえ?尊さんだけならまだしも、ナカシンさんも、いるっていうなら、それはもう、勢ぞろいじゃないですか、ねえ?
それと同時に、これだけみんなが揃うということはなにかある、というのはいろんな方が言ってましたね。わたしもそう思ってましたし、だからこそ、わざとねずみのスケジュールを調整してまで、2日目に全員を揃えたのだと思ってました。だからほんとに、四方津睦季見納めだなって。気合を入れて。ジンジャーエール飲みながらいちばん最後列で見たんですけど。

結論から言えば、というか、もうネルフェスのときに書いちゃってますけれど、四方津睦季には会えませんでした。四方津睦季だけは、出てきませんでした。

ヤマトくんが俺たちは別々の道を歩くことになった、と言ったときも、空に落ちるをみんなが泣きながら歌っているときも、正直、わたしの頭のなかは「四方津は…?」でいっぱいでした。もちろん、プレゼント◆5というグループがすきで、彼らがばらばらになってしまうのは本当に悲しくて涙が出てきたけれど、でも、もうひとり、きっといま舞台袖にいるであろうひとのことを考えて、なんで、なんで出てこないの…???って、ずっとそればかり思ってました。
もちろん、加藤良輔さん都合にしてみれば今回のドルフェスはあくまで「ねずみ男子」としての出演ですので、ねずみを優先してもらってぜんぜんいいんですけど、いいんですけど、…いや、よくわかんないな。もしかしたらわたしは四方津睦季を優先してほしかったのかもしれないですね。これはほんとに個人的なエゴだけど。
ねずみのロベルト、尊さん、そして要さまの3人でのThank you for...の時点でわりと「つらい。かえる。」とはなっていたのですが、なんか、うーん、つらかったですね。2年半ぼんやりと四方津睦季を追いかけていて、最後の一日が、いちばんつらかった。四方津睦季はほとんどアイドルたちと歌わせてもらえなかったのに、マイクを持たせてもらえなかったのに、ねずみのロベルトくんは尊さんや要さまといっしょに歌って踊って、ああいいなあいいなあこういう光景を、わたしはずっと望んでいたのになあ、って。おもって。四方津睦季にできなかったことを、同じ顔のロベルトが叶えているんですよー。わたしは、ピンクを振らずにロベルトの緑を振ってるんですよー。でもロベルトはなんにも悪くないんですよー。

そしてそして最後の「いつもサンキュー」でもう、こんなことってあるかよ…ってずっと呟いていたんですが、こんなことってあるかよ。
正直、ぷれごのステージに四方津睦季が出てくることは期待はあまりしませんでした。だって2年半ずっとそうだったのだから。もう慣れた。それが通常。
けれどさいごのさいご、ほんとうにみんなでの最後の一曲(アンコールは数曲あれど)、しかも曲目は「いつもサンキュー」というプレゼント◆5の初演からの代表曲、これは、これこそは、し、四方津睦季が出て来ても!!!!とおもっていましたが、そこにいたのはやっぱりロベルトさんでした。うん^^
これも個人的な感情入り乱れすぎてるんですが初演のときからずっと「いつもサンキュー」は四方津睦季に歌わせたい、と言っていて、オータムライブではソロパートが日替わりだったので、一日くらい四方津乱入からの四方津ソロがあってもいいのでは!?とか夢物語を話していたくらいにはこれを歌ってほしくて。かつてのドルフェスで唯一マイクを持たせてもらった時も、この曲は四方津は歌わずにうしろで見てるだけ(でも振付覚えてて踊れてました)、だったので、ほんとに一度も、一度も歌ったことがなくて。
2年半彼らの側にあった曲をどうしても歌ってほしくて、四方津睦季にありがとうって伝えたくて、どうかどうか、と思ったのですが、だめでしたね。緑だった。ピンクすら振れなかった。
しかもまあ、ロベルトさんもロベルトさんでこれで卒業なので、ねずみはねずみでわっちゃわっちゃして別れを惜しんでいて、そこにプレゼント◆5の入る余地はなさそうで。
でもぷれご組とねずみ組がそれぞれ隣になったとき、ロベルトさんはジェラルドさんと肩を組みながらも体だけは完全にぷれごの5人のほうに向けて、それをぷれごはたぶん気づいてなかったんですけど、なので彼らの背中に向かっていつもサンキューを笑顔で歌っていて、うわあ、うわあ、ってなりました。これが2年半の集大成だなんて。そんなの。

いやでも、ぜんぶの曲が終わったあと、またぷれごの5人が出てきた瞬間に、あっここかな!?ここで、四方津睦季も出てくるのかな!?だって、もう、このタイミングを逃したら一生会えなくなるかもしれないんだもんね!?このタイミングのために、ここのためのきょうのキャスティングだったんだろうな!?そうだよね着替えるのも時間かかるし…ロベルトさんとしての役目も終えたし。そうだね、ここで出てくるんだね~。よかった~。
…と、思ってたら、あの、ええと、えっとー。出ませんでしたね。さいごまで、四方津睦季は、出ませんでしたね。
そのくせ、プレゼント◆5のみんなはいい子なので、みんな、自分たちのことを「俺たち6人は」って言ってくれるんですよね。逆にむなしくなっちゃいましたが。ごめんね。
さらにヤマトくんが「な?ムツキ!?」と袖に呼びかけたら「おう!!!」と間違いないなくムツキさんの声でお返事が返ってきて、ああ、いるんだー。いるんだそこに、でも出てこられないんだ、これが、彼の2年半の答えなんだと、四方津睦季の結末なんだ…と。

そしてそして、終演後、失意のうちにTwitterを見たら、四方津睦季、いるの。もうね、笑っちゃいました。
きっと衣装を用意してなかったから、出られなかったんだねえとか話していたわたしたちをあざ笑うかのように、そこには四方津睦季がいました。笑うしかなかった。
なにがどうしてこうなったのか、いまでもわからないです。なにがだめだったのか。どうして会えなかったのか。

あああと、ドルフェスがおわったあと、おとなたちがいっせいに「プレゼント◆5の6人が」って言いだしたのはちょっとよくわかんなかったですね。5人にしたのはあなたたちでしょ、とか言っちゃいますね。物分かりが悪いので。

 

最後まで、彼は「いないけれどいる」「いるけれどいない」を貫き通した、存在感のあやふやな人でした。

 

四方津睦季と解散
さて「プレゼント◆5」が解散(まあバラバラの道を進むと言ってますのでとりあえずここでは便宜上解散とさせていただきます)したら、四方津睦季にはどんな影響があるのかな~ってちょっと考えてみました。

元々四方津睦季は「プレゼント◆5」の5人、ヤマト、アキラ、サクヤ、ヨーヘイ、ユッキーとは別のバンド、マッチョミッスルというグループで活動をしていました。そしてそのバンドが解散して、どうしようかと考えているときに、たまたま彼らの「血の雨と無恥」のライブを見たそうで。そのときに、胸がカーって熱くなったそうです。俺音楽すきだな~って、思ったそうです。そして、そのまま彼らに頼み込んで「血の雨と無恥」に入れてもらったということで、つまりは雨無恥に憧れて、そして途中加入したというわけですね。
そんでもってじつは「血の雨と無恥」のファン(=ドロップ)の大半は、四方津睦季のマッチョミッスル時代のファンだったなんてエピソードもあるくらいなので、ムツキさん=夢々たんの加入は、雨無恥にとってもいいことだったんじゃないかね~などと。
そして3年間、雨無恥で活動をして、あとはみなさまご存知のとおりで。雨無恥が解散、プレゼント◆5が結成、そして脱退、マネージャーへ。

ちなみに時間軸を整理してみると、21歳のときにマッチョミッスルを結成、26歳でマッチョミッスル解散、雨無恥加入、29歳で雨無恥解散、ぷれご結成…そして2年半年後にプレゼント◆5休止?解散?宣言…なので、四方津睦季にとって、プレゼント◆5はいちばん短いグループ活動だったことになります。まあ脱退してるんだけどね。

四方津睦季は、血の雨と無恥に憧れていました。俺は音楽そのものだと思い出させてくれたそのバンドに憧れて、自分もその仲間にしてくれと、年下の彼らを説得して、新メンバーとして入れてもらって。すごいうれしかったみたいなことをどこかで話していた記憶があります。
けれど3年活動をして、オーディションに受からなくて、えーーーい解散だ!!!ってなったとき、ムツキさんはどう思ったのかなとか。そのことは、本編中も多くは語られていないので、わたしたちには知りようがないんですが。音楽そのものだと思わせてくれたほどのバンドがなくなって、でもメンバーは同じで、アイドルを始めることになって。
再演の台詞の中で「胸がカーっと熱くならない」みたいなものがあります。つらかったろうな、とおもいます。だいすきな音楽ができなくなってしまったから。
それでも四方津睦季は、彼らといることを選びました。だいすきな音楽を手放してでも、自分自身だとさえおもった音楽を手放してでも、プレゼント◆5のそばにいることを選びました。一緒にいようと言われて、裏方になろうとも、彼らの側にい続けることを選びました。

そうして今回「プレゼント◆5がバラバラになる」ということが発表され、音楽を手放した四方津睦季は、側にいることを選んだ5人のことまで手放さなくちゃいけなくなっちゃったんだな~、と、思いました。みんなで話し合ったって言ってたけれど、たぶんだけど、決めるのはお前たちだよってムツキさんなら言ったと思う。そっと脱退しようとしたひとが、俺のためにアイドル続けてくれなんてぜったい言わなかったとおもいます。たぶんだけど。なんでバラバラの道を進むっていう解散理由にしたんだろう、それは、彼らがいちばん望まなかったことだったのに。もっとうまいことできなかったんかね。
なので、すべてを手放すことになった四方津睦季のてのひらのなかには、いったいなにが残ったのかな~って。なんて思ってしまいました。ポエミー。


●加藤良輔さんと解散(アナザーワールドぶち壊し!!!!!!!!!!!!!!)
じゃあ、加藤良輔さんについてはどうだったのかな~って、ちょっとこちらも考えてみました。でもわたしは加藤良輔さんじゃないから全部想像です。

加藤さんが『プレゼント◆5』に関わっている間、彼のぷれごへの意見が聞けたのは、ブログと、それからアメスタくらいでしたでしょうか。単独のイベントもちょいちょいありましたが、ぷれごの話はほとんど聞けなかったかなと。
で、加藤さんはアナザーワールドの扱いがへたくそだったので、ブログは最初の方は自分の考えとムツキさんの考えがごっちゃになってたりとかはあったきがします。最初はアナザーワールド規制があんまりなかったし。なので、成長するみんなのことを見ていて、千秋楽は泣きそうになっちゃった~みたいなことも言ってたきがする。これは完全に「加藤良輔」としての意見ですかね。加藤さんは顔合わせのときには「だ、大先輩だ~!!!」って恐れられていた(笑)みたいですし、そのあとはダンスの指導とかもしてたみたいですし、ムツキさんみたいにひとり歳が離れている中で、おにいさんとしていろいろ振舞っていたからの感想かなと。

そして一番ぽろっといろんなことを聞けたのはアメスタだった気がします。
まずは初演稽古期間中の放送。いま稽古している舞台は若い子が多くて~、という話から、みんなが俺になついてくれない!!!という悲痛な訴え。俺はみんなに「りょーちん」って呼んでくれるくらいにフレンドリーに接してほしいんだけど、みんなは遠慮してくる。心の扉をさっと閉ざすタイプの子が多いから、俺ががんばらなくちゃね、という、なんとも切実なお話をされていました。
それから唐突に「俺もう歳だからアイドルとか無理かな?」「俺はもうキラキラしてないかな?」と言いだして、ファンが一斉に「そんなことないよ!!!」とフォローする場面もありました。当時は突然なに言ってるんだと思っていましたが、初演本公演を見て、あっ!!!!!これのせいじゃんな!!!!????こいつのせいで悩んでいたんだな!!!!!??????ってすごい合点が行ったのを覚えています。あまりにあれは刺さりすぎる一言だったから。

そしてオータム終了後にもう一度アメスタ。このころはさすがにみんなの人見知りも終わっていて、稽古終わりにクレープ食べたり、仲良しみたいなお写真がブログに上がったりと、心を閉ざされる!という発言はさすがになかったです。むしろ、たのしかったー、たのしかったー、の連呼。そしてこのころはアナザーワールド規制がガチガチに出来上がっていたので「ムツキくんから聞いた話だけどね」と注意をつけてぷれごの話をするくらいには成長していました。ただ、途中からめんどくさくなって「ここから先ぜんぶムツキくんに聞いた話だから~!!!」と発言。わりと雑です。
けれどたのしいたのしいと言いながらも、ふと、真面目な顔をして彼はこんなことを言っていました。

「うーん、でも、ムツキくん、アイドルやりたかったんじゃないかなあって。俺は思ったよ」
「一回くらいムツキくんも入れてプレゼント◆6っていうのやってもいいんじゃないかなあって俺は思ってたんだけどね、うーん、だめだったよねえ」

なんかこの言葉を聞いて、自分のなかですっと気持ちが固まった気はしました。結局この夢は叶わぬままだったなー、プレゼント◆6、見たかったなあ、初演の最初の最初から、5人のおにいさんとしてせんぱいとして年上ひとりでがんばってた彼のお友達に、空に落ちるもいつもサンキューも、歌わせてあげたかったなあ。なんてね。私情がごっちゃごちゃですけど。

 

●おわりに
わたしはなにが言いたかったんだろう………。
ほんとうにこういう内容のブログはいつかぜったい書いてやる!!!ってずっと思ってて、その機会を伺っていたんですが、まさかこういう形で書くことになるとは思わなかったです。うーん、世界のおわりはいつかあるとは思っていたけれど、まさか対バンで発表してそのままハイ終わり~!サヨナラ~!だとは思わなくて。あるとしても解散休止の本公演がもう一回あると思ってた。あまりにも処理ができないままで、あまりにも突き放された終わり方で。なんだったんだ…って。これは桃リボンに限らずでしょうけど。
そう、わたしは桃リボンでしたかね。ちゃんと桃リボンをまっとうできたかな。うだうだと書いてたこと読み返すと情緒不安定だなこいつ~~~~って感想しか出てこないんですが、ほんとにそんなかんじで、たのしいのにつらい、たのしいからつらいみたいな2年半でした。それでも、四方津睦季がステージに上がっている瞬間、笑ってる瞬間、そういうのを見れば、いつだってしあわせでした。

 

O-EASTの舞台で、またねを告げるアイドルの名前を叫んで「ありがとう」「またね」「ありがとう」と叫んでいるリボンの皆さんを見て、申し訳ないけれど、心底うらやましかったです。
わたしも「またね」って言いたかったし「ありがとう」って言いたかった。最後の最後に、会えなかった。いたのに、そこにいたのに。いたはずなのに。
2年半の答えがあまりにも残酷で、悲惨で、救いがないなとおもったのはわたしだけでしょうか。桃リボンは傲慢でしょうか。さいごに、推しの姿が見たかっただけなのに、それすら叶わなかった。会いたかったです。「ありがとう」って言いたかった。さみしいです。
けれどもう、もだもだうだうだ考えなくて済むのだから、それはそれでいいことなのかなとかも思っちゃいます。ほんとうにいろんなことを考えて、いろんなきもちになった2年半でした。

 

四方津睦季に出会えてよかったと胸を張って言えるのは事実です。四方津睦季は、わたしにとって、いつだっていちばんの、ずっとずっとキラキラな、アイドルです。
2年半おつかれさまでした。たくさんたくさんありがとう。


意味不明な文章をここまで読んでくださったかたがいたらありがとうございました、そしてすみませんでした。どうかこれからもドルステがすてきなコンテンツであることを願って締めとさせていただきます。