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つれづれと

雑食おたくが綴る感想やら独り言やら写真やら。

【雑記】SLAZYについて 世界観の話

CSL

こんばんは。日付が変わっての更新です。なぜだろう。計画性がないからです。気が付いたら夜です。なぜだろう。計画性がないからです。


今日は、スレイジーの世界観について!


クラブスレイジーっていう作品は、クラブスレイジーってお店を舞台にした作品です。クラブスレイジーを舞台にした作品なので、クラブスレイジーの中でのお話です。なので、スレイジーから、ほぼみんな、出ません。ていうか、勝手に外に出ちゃいけないことになっているそうなので、ほぼほぼ、スレイジーの外での話は、描かれません。お店を出たところが描かれたシーンというと、1の最初の遠藤と支配人が出会うところ~ヤー様が出てきて~遠藤がお店につくまでと、2のオッズさんが「彼女」を追いかけるところ…くらいでしょうか。3のリドルとレティはどこで喋ってるのか謎なんですけど、SEが野外っぽい。でも、お店のすぐそば?な感じするので、ノーカウントで…。こういうふうに屋外だとしても、ブルームがキングと出会うシーンみたいに、店のすぐ近く、での話が多いかなと思います。つまるところ、「SLAZY」という作品は、「SLAZY」というお店の中で、描かれ、お店の中で、お話が進み、お店の中で、完結するお話なわけで。(これが、でも店の外に行かなきゃわからないものもある、ってなるのが、1のラストなんですが、長くなるので、今回は、触れないでおきます)

 

で、なにが言いたいかっていうと、だからわたしたち「舞台の観客」も、お店に遊びに行けるんだよ!っていうのが、スレイジーの、すごいすてきなところだとおもいますって話です!

 

わたしは、スレイジーを見に行くときは、お芝居を観に行くつもりで劇場へ向かいます。でも、いつのまにやら、気づいたら、ここはスレ~イジ~になっていて、自分が、スレイジーというお店にいるような感覚になります。あれはなんなんだろう。不思議なんですけど、そうなります。たしかにいま自分がいるのは劇場だしいまは舞台を見ているんだけれど、なぜかここがクラブスレイジーだと思ってしまう。ふしぎ。キャストさんたちのことは、他の舞台とかでも見たことがあるひとばかりで、お名前とお顔が一致する人も多数です。でも、クールビーさんを見ても、米原さんのことは思い出さないし、なんか、すごいなって。いや別にほかの舞台では毎度キャストの顔がちらつくとかではないんですけど、スレイジーは特にそれが顕著。キャラクターが、キャラクターとしてそこに存在してくれているから、舞台を見ているって感覚じゃなくて、スレイジーを覗き見ている、そんなかんじ。

 

キャラ立ちがはっきりしているからという理由の他には、ショーのときにわたしたち観客は「観客役」を演じられるってのが、世界観づくりにおいて大きな役割だなと思ってます。ショーのときは、手拍子をしたり、拍手をしたり。それが一方通行ではなくて、パフォーマーたちも、こちらに投げかけてくれて、煽ってくれて、そして、歌やダンスや笑顔を届けてくれるのです。それは、舞台から見た架空のお客さんにではなく、「スレイジーに来たお客さん役を演じている、舞台を見に来た観客であるわたしたち」に投げてくれているものなのです。だから、わたしたちも、スレイジーに来たお客さん役を存分に演じることが出来るというわけで。ただのお客さんじゃなくて、観客役を与えてもらうって、すごいたのしい!だから、わたしも、その瞬間は、スレイジーの世界に生きているんです!すごい!

 

それからこれは、2の中盤からなんとな~く始まって、いまでははっきりと形になっているものなのですが、世界観を大事にするためなのかなんなのか、カーテンコールもキャラクターでやってくれるようになりました。それまでは普通に、1では大山さんが「じゃあきょうは○○からコメント!」って言ってひとりずつに喋らせて、物販の紹介とか、あしたも当日券あります~みたいなお話を、してたんですけど、これ、ほんと唐突に、2の二日目だか三日目だかから始まって。最初は、時間がないからなのかな?って思いました。時間がなくて、喋れないのかな?と。しかしそれがはっきり確定したのが、ラブスレ1でした。すべてのパフォーマンスが終わってアンコールからのカーテンコール。そのとき、ディープ役の加藤さんが、というかディープが言ったのが「どうも!ディープです!」という一言でした。これにはびっくりでした。ふつうこういうところでは、「どうも!ディープ役のかとうりょうすけです!」でいいはずなのに、そこを敢えて、「ディープです!」と名乗って、最後まで、ディープさんとして、喋ってくれたんです!すごい!すごい!これがディープさんの勝手な判断だったのか、それとも裏でみんなで決めたことだったのかわかりませんが、そのあとの皆さんも、エンドとして、オッズとして、…喋ってくれました。ブルームだけは太田さんだったんですが慌ててクールビーさんがフォローに回っててクールビーさんはさすが最高の意味の名を持つだけのことあります最高です。というわけで、作品自体が、「中の人なんていないんですよ。ここにいるのはレイジーなんですよ」というスタンスを作ってくれているので、そこに乗っかりやすいんですね。ありがたいです。3もやはり、一切キャストの面は出さずに終わりました。千秋楽も、支配人が喋って、とちって、クールビーさんに叱られるっていう、そのまんまじゃん!っていう。そういうところが好きですし、公式様にそういうことをやっていただくと、ああ自分もそうやって、中のキャストさんが誰だとかそういうことを考えないで、ただただスレイジーにいるパフォーマーたちに会いに行けばいいんだなって思えて、とっても、うれしいですし、ありがたいです。わたしは、スレイジーの世界がすきなので。

 

そうそうラブスレ1の設定もすきでした。「スレイジーの新たな試みとしてちょっとライブ開催してみた」っていう。めちゃくちゃだけど、ライブってなるからそうだよな、って設定。バンドさんたちも、ニュージャックの衣装着てるの、胸が熱くなりました。2は、どうなるんでしょう…演出がつくってことなので、どうなるんでしょう…もう、どうにでもなれ…どんなものでもどんとこい…。

 

あと、カーテンコールの後に突然お話を続けてくるのは、ずるいとおもいます。ただただ、ずるいとおもいます。最高なんですけど。あれも、カーテンコールっていう、舞台はここで終わりだよ!さあ作品は終了!っていうルールを破って、またスレイジーの世界が始まる構成になってるので、最後まで、わたしたち観客はスレイジーの世界にとどまるしかなくなるんですよね…だから、舞台見てきた!じゃなくて、スレイジー行ってきた!って後味になる。余韻をいつまでも引きずってしまう。これぞまさに出口のない小さな檻…。

 

それから、開演前と終演後のアナウンスもだいすきです!支配人とQちゃんのやつ。とってもとってもすきです。1のときアナウンス、支配人が先代の支配人たちの話をしていくんですが、その設定はいったん忘れた方がいいですか?ってかんじです。Xさんが出てきたりなんだりあった結果ところどころつじつまが合わないんですけどあれいったん忘れた方がいいですか?あれも最初から最後まで支配人とQちゃんが出迎えてくれて、お見送りしてくれる。まさにクラブスレイジーそのものじゃないですか。ラブスレ1のときもそうしていただいてたので、最高でした。最高。

 

あっあっあっあとラブスレ2のチラシサイッコーーーーにサイコーーーーじゃないですか!!!???アンケートに毎度しつこく書いた甲斐があったっていうか、あれぞまさに「クラブスレイジーのチラシ!」ってかんじで、最高でした…。たぶん、本公演でああいうのにすると、新規層からしてみると「よくわかんない舞台おこわいやめよう」ってなるとおもうんであんまりよろしくはないかもなんですが、ラブスレっていうのは基本スレイジーを知ってるひとが集まる前提で開催されるべきものなので、あのチラシで正しいとわたしは思ってます。本公演のときはもうちょいこう…内容がわかるようになってるとご新規さんにもプレゼンしやすいのでうれしいですけど…。とにもかくにもラブスレ2のチラシが最高すぎていろんなところで集めまくってます。すばらしい。ホストのチラシはもうやめよう。

 

 

っていう、すごい、すごいんですスレイジーの世界。のめりこもうとすればするほど、それを受け入れてくれるんです。覚まさせてくれないというか、楽しもうとすればするだけ、ちゃんと楽しむ余地を与えてくれているというか。なのでどうかこのまま、カーテンコールではキャストではなくキャラクターで居続けてほしいですし、アナウンスもこのままで、ショーのときはわたしたちに役割を与え続けていてほしい。あっあとガーネットカードの配布も世界観づくりに一役買っていると思います。あれ、すばらしい。あれもどうかこのまま続けてくれるとうれしいです。なんならチケットは事前郵送にしてそのなかにガーネットカードも紛れ込ませてくれてもいいくらいガーネットカードの持つ意味は大きいと思います!


なんかよくわかんない話になったけど、スレイジーっていう世界がすきだってはなしです!日付が変わっちゃったのであっさりラブスレまであと7日…7日!?