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つれづれと

雑食おたくが綴る感想やら独り言やら写真やら。

【雑記】SLAZYについて リドルの話

ラブスレイジーまであと少し。ところで、演出の三浦香大先生のブログ読みました!!!!!??????? わたしは500回くらい読み返しました。アクトさーん。

きょうは、あのひとについてです。

 


R:リドル

 

Rから始まる俺の名前はリドル~~~~!!!の、生意気ボーイさん。森崎さんが自己紹介のたびにそのあとの台詞言いそうになるのがすごいかわいいとおもってます。

 

リドルもレティと同じく、突然スレイジーにやってきた謎の人物。スレイジー3はいろんな要素がありますが、その中でもやはりこのリドルとレティは、大事な大事な役割のある、大事な登場人物でした。レティの記事でも触れましたが、突如お店に現れて、好き勝手歌って(それがまためっちゃうまい)、トップエースを頂戴するぜ!とか言ってきて、お店を乗っ取ろうとしていく、とんでもねえコンビの片割れがリドルです。でも、でも、決して、悪い人ではないし、悪役ではないし、敵でもない。いや、立場上敵として登場したかもしれませんが、敵ではないし、なんていうか、リドルとレティって、すごい存在でしたなあと今更しみじみ。

 

リドルはやかましいお人です。出てくるときもなにかしらきゃいきゃい喋っているし、ことあるごとに英語でまくしたてるし、やかましいし、騒がしいし、やかましいひとです。ほんと初めて見たときうわっうるさっっておもいました。ごめん。でも実は、リドルもレティもブルームに言われてスレイジーを引っ掻き回すためにやってきたという使命があって、しかも、じつはじつは、彼らはミスティックで………という設定がありまして、そうすると、リドルのそういった態度も、計算だったり、演技だったりするのかなって、思えてきます。リドルが初めて登場して自己紹介をするとき、レティのことを「人と会話するのに慣れていない」と言い、自分のことも「そういう俺も人と会話するの苦手なんだけどね…」と呟いて、レイジーたちに「そうは見えない」とツッコミを受けます。これ、笑いを誘うシーンではあったのですが、ただリドルがおかしなことを言っているってわけではなくて、「普段は無口なミスティックとして働いているから人と会話するのに慣れていない、苦手」ってことなんですよね…???ということは、リドルのテンションの高さや、明るくてやかましい性格も、少なからず、演技だったり、キャラづくりだったり、するんですかね…???と…。もちろん、すべてが演技ではなくて、リドルの元からの性格とか、考えとかの部分はあると思いますし、エンドとのシーンや、レティとふたりきりのときや、Qちゃんを交えての3人のときは、わりかし素であると思うのですが、それでもやっぱり自分を作って「リドル」という人間を演じている節はあったのかなとおもおうと…R沼という言葉が胸に響きます…。

 

リドルはレティと同じように、お店をかき乱すためにやってくるわけなのですが、彼がレティとちょっと違うのは、レイジーやニュージャックたちに直接なにか言葉を投げかけて「お前らもっとがんばれや!」とは言わないところだと思います。ここらへん、レティについてはレティの記事でだらだら書いたのですが、とにかくレティは直接的で、まっすぐ。逃げ道のない言葉でがんがん畳みかけるので、どっちかっていうと、Xさんに近いものを感じます。じゃあ対してのリドルはどうかといいますと、特に対エンドにおいて顕著なのですが、「きみ、自信ないよね?」「きみは酔っぱらいを運ぶためにここにいるの?」「きみたちってさ、なにから逃げてるの?」と、自分で自分の弱さにはっと気づかさせるような話運びをする傾向にあるなあと思います。リドル自身の言葉ひとつひとつは決して強い物言いではないし、直接的にパフォーマーを鼓舞するようなものではないけれど、でも、心の隙間にすっと入りこんでくるというか、気づいたらリドルの言葉にやられてるというか。こういうタイプは、クールビーとかよりもエンドみたいな性格に有効なタイプだなと思います。クールビーさんはぜったいレティみたいな言われ方したほうが燃えるんだから、そこらへんの役割分担がしっかりできているRRさんたち。

 

それで、やっぱり、対エンドに関してとっても有効なリドルは、エンドを自分の仲間に引き入れようと動きます。これもレティみたいにみんながいる前で「全員」に対して呼びかけるのではなく、エンドがひとりでいるところにそっと近寄って「よお!!!」ってまるで仲間みたいに歩み寄っていく。その距離感がリドルはずるっこいな~とおもいます。あのキャラクターで「つらいよね~」「居心地悪いよね~」って共感されたらエンドみたいな性格はイチコロですよね~~~~~ってかんじです。優柔不断で自信がなくて、自己評価の低いエンドは、だれかに認めてもらう、必要としてもらう、自分の存在を求めてもらう、そういうことに憧れを抱いているわけで、「代わりなんていない、エンドじゃなきゃだめなんだよ」って言葉をかけてほしいわけで、それをすべて与えてくれるのがリドルなわけで…そりゃあ心がぐらりとするよなあとおもいます。僕らはエンドを必要としてるよ。そう告げるリドルの言葉は、もちろん、お店を引っ掻き回してブルームから頼まれた使命を果たすためのひとつの作戦ではあったと思うのですが、でもその中にきっと、リドルの本心が隠れていたんじゃないかなと、わたしはおもってます。特に「全然ダメなんかじゃないよ!!!…そう言ってほしいんでしょう?」からは、なんていうか、リドルのほんとのきもちっていうか、打算とか抜きにしてエンドに伝えたかったことに、見えるわけで…なんでですかね、そんな気がします。そしてその言葉こそが、エンドにきっと届いたわけで「自分はダメなんかじゃない」イコール「自分でもディープさんやクールビーさんの力になれるかもしれない」に繋がっていったのではというわけで。
そしてリドルがエンドを欲しいと言った理由も、彼は「直感!」と言ってるし、きっと作戦のためにエンドを引き込むのがいちばん都合がいいから、って理由はあったでしょうが、それでも「エンドは全然ダメなんかじゃない。俺ならほんとに心からそう言える」というリドルの台詞は、どこかエンドのことを昔から知っていたみたいにもとれます。序盤でも「どうせきみたちのことだから~」と言っていたり、レティも「弱くてみじめ」と7年前の話をしていたりと本来ミスティックである彼らは、スレイジーのメンバーに詳しい、という描写があります。だからきっと、リドルもどこかでエンドのことを知っていて、気にかけていたのかもしれない。だからとっさに、全然ダメなんかじゃないよ!という言葉が飛び出たのかもしれない、と思います。だからそこからはリドルの本心に感じるのかも。
そしてリドルがエンドに語る言葉の中に「輝く場を失って苦しむのと、苦しみの末、輝ける場を手にするのと、どっちがいい?」「きみは自分が暗闇の中にいるって思っているけどそれはちがう!常に光を求めているんだよ。だって、変わりたいから」というセリフが出てきます。これ、なにかに似てるなあとおもったら、リドルがソロ曲の前に口にしたり、リドルのガーネットカード(入場特典でもらえるやつです)に書いてある「R on my chest!」「いつも心に光を!」と、リンクするところがあるのかもなって、気づきました。そしてもしかしたら、この言葉はエンドに語っているのと同時に、自分のことも表していたりして、なんて。これは考察ではなく妄想ですけど。ミスティックである以上は暗闇にいるけれど、それでもリドルは常に光を求めている。だから、自分で「R on my chest!」「いつも心に光を!」と口に出す。だから、エンドにもそれを分けてあげる。そういう、そういう妄想までたどり着いてしまい、DVDが届いてからはずっとずっとそのシーンをリピートしております。

 

エンドを仲間に引き入れよう!ってしたあと、すぐにレティとリドルの唯一の(唯一の!!!)ふたりきりのシーンがやってきます。レティとふたりっきりになったとたんに声のトーンはダウンして、さっきまでのニコニコはどこへやらなリドルになって、そのリドルはそのシーンで初めて見られるわけなのですが、そこでようやっと、ああ、リドルってこういう一面があったんだな、ていうか、この一面こそがリドルの本性なのだな!と気づかされるシーンであります。さっきまであんなに明るくて、うるさかったくせに、「争うのは好きじゃない…」「彼きっと傷ついてる」だなんて言って泣きそうな顔をするリドル!!!初めて見たとき、うっわ~~~~…って思いました…こりゃあ…ヤベエ奴がスレイジーに来たぞ…と…。ところでリドルの「争うのは好きじゃない」というのはショーバトルのような「争い」だけではなく、レティがフライやグラフやクールビーを吹っ飛ばすシーンで目をつむってきゃ~ってしてるんで、暴力的な「争い」も苦手のようです。かわいい。そんなリドルは結局のところ、自分たちの目的のためにエンドを利用して、エンドの心の弱いところをわざと刺激したことをとっても気にしているようで。そう、ここでリドルがエンドに近づいて声をかけたのが「わざと」の要素があった、ってのもわかるわけです。リドル自身は乗り気じゃなかったけれど、目的のためだから仕方なかった。でも、うっかり本音が飛び出てしまった。そんなかんじで。それを後悔してるリドルの表情がまたもう~ぐわっと来るものがあります。あの人が喜んでくれるためにやるしかないだろ、とレティに諭され、ああ、と頷くリドルは、やっぱりどこか憂いを帯びていて、またそこのBGMとしてかかるのがセレナーデで、うわーってかんじです。終始うわーってかんじ。リドルって人間がどんどん人間になっていくかんじ。たまらなくすきです。

 

リドルの好きなところはたくさんあるんですが、すごいなあって思うところのひとつが、彼の目線と表情だったりします。目は口程に物を言うってこれだな!ってくらいの、ほんと、彼の目線はすさまじい威力があると思います。先ほどからずうっと言ってるエンドとのシーンのときも、エンドから視線を外して遠くを見るときのリドルの顔とか、最後、エンドが「僕やっぱりあっち側にもどります」って言ったときの表情とか、あとはもう、もしも…のときのすさまじい顔とか。最初のテーマで出てきたときのお顔や、サヨナラで帽子をもらったあとにそれを手にとってじっと見つめる横顔もすきでした。なんていうか、台詞がなくても、ないからこそ、ほんとうのリドルや、ほんとうのきもちが見えている気がして、ほんっとに終始目を離せないってこういうことだな…って。公演何度か入りましたが、後半の日程は毎日リドルやレティばっか見てしまいました。罪深すぎる。Qによってねたばらしをされるときも、気まずそうに自分の衣装の裾をぎゅって握ってるのとかもすっごいかわいいです。「リドル」を演じ切れていない「リドル」を見ているかんじ。ほんとあの繊細な表現がほんとにほんとにすごい。

 

そして、リドルは歌っているとき、踊っているとき、ほんとうにうれしそうでしあわせそうで、もしかしたらあれもリドルの演技かもしれませんが、でもあのしあわせそうなお顔は、きっと、本心だろうなって言うか、本心からのお顔だったらうれしいなと、おもいます!ほんとにしあわせそうで、ほんとにしあわせそうじゃないですか!?最初にUnder the Rで出てきたときも活き活きとしていて、そしてなんといってもソロ曲であんなにきらきらしていて、DVDには未収録ですがAtoZの日替わりのナンバワーーーーン!!!をやったときも、「イエーーーーーイッ!!!!!」って全力で叫んでいて、しあわせそうで、たぶんリドルは歌うのも踊るのもだいすきなんだろうな~って、見ていてそう思いました。これも考察じゃなくて妄想ですけど、もしかしたらミスティックも、レイジーやニュージャックのようにステージの上に立って踊りたいと思っていたりするのかなって。だからこそ、中途半端なきもちでステージに立つ彼らに腹を立てたのかなとか。そんなことも考えてしまいます。

 

リドルのソロ曲!すごいですよね!すごい、すごいですよね!!!ね!!!ちょーかっこいい!ちょーかっこいいしなんかめっちゃ歌うまいしめっちゃ踊る!!!!っていうのが初めて見たときの感想でした。そして、いまDVDで見返してもやっぱりかっこいいな~っておもいます。もちろんリドルがかっこいいんですけど、それに加えてニュージャックがバックダンサーとしてやってくるのが熱い。熱すぎる。いわば敵のはずのリドルのショーステージを盛り上げるためにやってきたニュージャックたちを見て、リドルもすごいうれしそうな顔をして、いっしょに踊るのが、ほんと、熱いなってかんじです…。でも座談会で「最後俺たちニュージャ~~~ック!!!!」って言ってるからニュージャックの曲みたい、って言われてるのはすごいわらいました。曲の前にかっこいい顔して「偽ってるのはきみ?それとも僕?」ってのもずるいしかっこいいしリドルのショーはほんとかっこいいです…。そしてやっぱりすごい楽しそう。歌ってるのも踊ってるのも、すっごい楽しそう。それから、リドルは出てくるとすぐに「手拍子して~!」って呼びかけたりしてたのですが、千秋楽はそれを言われる前に会場がもうガンガン手拍子してリドルを待ち構えていまして、それの光景を見たリドルが出てきた途端に一瞬びっくりしたような顔をしてからすぐにくしゃ~って笑って「ありがと!!!」って言ったのが、もう、忘れられないです。

 

リドルとレティがサヨナラで帽子を受け取って、それを被って、そのあとクールビーの歌うセレナーデのときもそれを大事そうに手にして出て来て、けれど、そのあと正体を明かされて、ミスティックに戻っていく…という一連の流れが切なくてぐっとくるものがあります。個人的に帽子というのは、パフォーマーの証、というものの気がします。2でも帽子を床に叩きつけるシーンは印象的でした。そんな帽子を貸してもらって、きみたちも仲間だ、と言ってもらった直後に、使命を果たしたから暗闇に帰っていこうとするふたりが~…さみしいです…。最後、リドルがクールビーに帽子を返そうと呼びかけるとき「クールビーさん」「僕たちが」と、呼び捨てにしていたはずのクールビーに敬称をつけたり、「俺」だったはずの一人称が「僕」になっていたりします。それはもしかしたらもう、彼らがレイジーではなくミスティックに戻っていることを表しているのではと。たった二日間(たぶん)のレイジー生活が終わって、それで最後の「あーあ、もう終わりか」に繋がると思うと…。もっともっと、きらきらした、光り輝くステージで歌って踊っていてほしかったなとおもいます。さみしい。千秋楽で衣装を返せと手を伸ばすQに「…やだ」と言ってのけたリドルで、会場に悲鳴にも似たざわめきが満ちたのをわたしは忘れません。

 

リドルの話をするときにいっつも引き合いに出してしまうのがスレイジーの生みの親(3では脚色演出)の三浦香さんのブログなのですが、そのブログで「リドルの争うのは好きじゃない、みたいな優しいところは演者の森崎ウィンくんと会って、彼の性格を知ってから変更した」みたいなことが書いてあって…それがすごくすごく好きです。好きです。森崎さんのおかげで、リドルがあんなに魅力的になって、そしてその魅力的なリドルを、あんなに魅力的に演じてくれて、すごいなあって!役者って、かっけーなーって!おもいます!ミスティックとレイジーの違いをボタンで表現したり、うっかり「R兄弟」って口走ったり、握手会でリドルの話したら気軽に「ギミファイ!!!」ってポーズとってくださった森崎さん、わたしはすきです!!!!!笑


あとこれは、おまけ程度に読んでほしいのですが、ほんとにほんとに公演期間中にリドルをこじらせたとき、たまたま三階席で観劇する機会がございまして、これはいいチャンスだ!!!と、オペラグラスを持ち出して、延々リドルを追って観劇してみる。というチャレンジをしたことがありました。もうほんと、誰が喋ってようがリドルがステージ上にいるならずっと覗き込んで見てみる…っていう…。すごい楽しかったです。そして、三階席だったので、わりと上からの角度があるわけで、じつは、頑張ればステージの上に組まれているセット(マンションみたいなアレです)の上段からステージ裏に続いている階段が見えて、そこを上がったり下がったりするみんながわりとちゃんと見えたんです。で、最初のテーマ曲のときってリドルとレティはそっと出てきてそっとその上段に立ってそっとうしろの階段から捌けていくんですが、そのとき、階段を下りながらリドルがテーマ曲をこっそり踊っているのが見えて、ひえ~ってなりました。それから、最後のショーバトルの前、支配人の口上をしているときにはもう一番手のリドルはその階段のところに待機していたのですが、そこで深呼吸をして、それから上手袖にいたであろうだれかに「ぐっ!」って親指を立てて笑っていて、それがとってもとっても、ひえ~ってなりました。これはステージ上でのことではないし、ふつうは客の見えるところではないし、リドルではなくてきっと森崎ウィンさんっていう役者さんの行動ととらえたほうが正しい筈なんですけど、でもそこまで含めてやっぱりリドルに見えて、リドルだなあ~って思えて、上手く言えないけど、とってもとってもリドルだ~~~~って思えて、こっそり覗き見ることができてよかったな、って思えた場面でした。だからはやくDVD特典にバクステ映像がほしいです。


語っても、語りつくせない人物だな、といまさら気づきました。気合いを入れて好き放題書くぞ、と思ったんですけど、気づいたらリドルについて7500字も語ってました。彼についての論文書けそう。ほんとにほんとに、魅力的なリドルという人間がだいすきでした!だいすきです!またいつか、いつかぜったい帰ってきてくれると信じてますし、またレティと並んでいる姿が見たいですし、Under the Rもまた聴きたいですし、エンドといっしょにいるところも、それからブルームといっしょにいるところも、いつか見たいです。見たいから、帰ってきてほしいです。ぜひ!ぜひとも!

 

長々と失礼いたしました。ラブスレまであと11日~!!!