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つれづれと

雑食おたくが綴る感想やら独り言やら写真やら。

【感想】CULBSLAZY3

CLUB SLAZY The 3rd invitation ~Onyx~

14/10/8(水)~14/10/13(月・祝)/草月ホール

出演:井澤勇貴、インザーギ、加藤良輔、後藤健流、才川コージ、法月康平、藤原祐規、森崎ウィン米原幸佑(50音順)/石坂勇 ほか

 

 

10月8日から13日まで草月ホールで上演されていたCLUBSLAZY3は全公演終了いたしました。おつかれさまでした。台風の影響とか心配だったんですが、無事千秋楽も上演されてよかったです。ディリーダリーに台風は来ない!
というわけで、本当に本当にだいすきなCLUBSLAZY、その中でもほんとーにたのしくてしあわせだった今回の「3」についての記事をやっとのことで更新いたします。


※ネタバレをたくさん含んでいるので閲覧の際はご注意ください。

 

◆CLUBSLAZY3あらすじ
大都会の片隅にあると言われているクラブ「SLAZY」。そこではトップエースのアクトが自分探しの旅に出かけ、その代理でトップを務めていたブルームも謎の失踪をとげて、残された三番手のクールビー、四番手のディープ、そして五番手で新人のエンドなどがショーステージをしながら、クラブは運営をしていました。特に三番手のクールビーはトップも代理トップもいない状況で「自分がセンターに立てる!」と大はしゃぎ。それはもう浮かれ気分マックスでステージで好き勝手振舞います。

そんなSLAZYにある日、突然謎の二人組の男が現れます。彼らは「自分たちをトップエースにしてくれ」「パフォーマンスには自信がある」と主張。実際とんでもねえステージを見せつけ店を震撼させます。そしてそこにさらにやってくるSLAZYのオーナー、「Mr.X」。彼はなぜかブルームが持っているはずのトップエースの証「ガーネット」を所持しており、そして謎の男たちに「リドル」と「レティ」という名前まで与え、彼らをパフォーマーとして認めてしまいます。一方のクールビー、ディープ、エンドは見習い扱いをされる「ニュージャック」という、ソロステージがもらえないような立場に降格されてしまいます。

リドルとレティの存在、そして彼らの言葉に翻弄されるSLAZYのパフォーマーたち。見習いニュージャックたちは「本当にこのままつらい思いをしながら踊っていていいのか?」と悩み、新人のエンドは「この店における自分の存在意義とは?」とこちらも考え込みます。

そんな中、Xのけしかけに火が付いたのは四番手のディープ。いつもはへらへらしながら冗談しか言わないような人間が、どうか自分たちにチャンスをくれとXに懇願します。どうかリドルやレティと戦わせてほしいと。そしてそれに呼応して、クールビーもまた、Xに頭を下げます。そしてXはその頼みを認め、リドル・レティVSディープ・クールビーの戦いをし、負けたら店を去るという約束をさせます。

そして戦いの朝。支度をしているクールビーたちに、「エンドがリドル、レティ側についた」という報告が入ります。自分の存在とは、自分ができることとは、と悩んでいたエンドをリドルが勧誘していたのです。しかしディープは「否定されても、どうなっても、僕はエンドのうしろで踊ったっていい」と彼に告げ、エンドもじつは「ディープやクールビーのことを思って」わざとリドル・レティ側についたことが判明します。

そうして幕が開くショーバトル。かっっっこよかったです…(語彙力)

ショーが終わった後、今回の戦いの勝者が告げられます。それはリドル・レティでも、クールビー・ディープ・エンドでもなく「ブルーム」であると。姿を消した代理トップのブルームは店を去りながらもなにか店のためになることができないかと思い、わざと皆をけしかけるためにリドルとレティを送り込んだのだ、ということがわかります。
早く戻って来いよブルーム!そんな呼びかけで、3の幕は閉じます。

そして、謎の男リドルとレティの正体は…。


わたしの、拙い文章力ではぜんぜんこう、こう、表せないですねいろんなものが…というわけで以下詳しく触れていきます。


◆「愛」の話
個人的持論なのですが、CLUBSLAZYは「愛」の物語だと思っています。1は愛を知り愛を求めそしてそれに伴う「別れ」を経験したアクト、ヤー、エンドがその別れの重みにこらえきれずに悩んで苦しんで、でも別れの先にはいつかきっと希望があると背中を押して終わる物語。2は愛に狂い愛に泣いたキングと彼を愛した彼女の過去を紐解いていき、永遠のお別れをそっと告げる物語。
じゃあ3はどんな「愛」だったかというと「隣にそっとあるような温かい愛」だったんだと思うのです…。今までの愛は壮大で大きくてそのぶんつらくて切ないこともあって、という内容でしたが、今回の「愛」とは人が人を思いやるきもち、愛おしいというきもちがじわじわにじみ出てきているようなそんな愛だったと。不在のブルームを思い、彼の居場所を守ろうとするクールビーやディープの気持ち、ライバルだったヤーを思うかつてのジーズ、そして今は店のみんなを丸ごと思いやるジーズの気持ち、そんな彼らをそっと見守っているQの気持ち、ニュージャックやミスティックが抱いている、お店や自分たちに対する気持ち。そして、ブルームがお店と、そこのパフォーマーたちに抱いている気持ち。そういう、いろんなだれかを思う気持ちが集まって、ああ「愛」だなと思えたのが今回だったなと思うのです。決して壮大とか、ドラマチックな背景がある愛ではないんだけれど、ふと気づいたときに隣にある愛というか。そういう、じんわり温かい空気が全編通して流れているのが今回の3だったのかなと思います。特に、2回目以降見るとそれを強く感じました。愛愛連呼してたら恥ずかしくなってしまった!とにかく、すごく、あったかいきもちになれたんです。

 

◆楽曲たち
SLAZYの魅力の一つがすばらしい楽曲の数々です。SLAZYは決してミュージカルではないので、心情を100%歌にのせてセリフの代わりに歌って、とそういうわけではありません。けれど曲と心情がまるっきり違うかというと、そういうわけでもなくて、そのバランスがすごいな~と思うのです。

SLAZYの曲は大きく分けて3種類。1.テーマ曲などのOP、EDに流れる曲。2.ショーステージ用のきらきら輝いている曲。3.ステージの裏側でそっと歌われる曲。
いままでの傾向としては3はキャラの心情と歌詞がリンクしていたり、その場で歌われる理由もきちんとあったのですが、2は基本的にステージ用、ということで本編でどんなに悩んでいようとかっこよくビシーっと決める曲が多かったように思われます(そこがまた、いいのです。こんなにかっこいいくせにあんなにうじうじしてんだもんな、とか思えるのが、いいのです)。

しかし今回はちょっと趣向が違っていたきがします。ステージ曲はもちろんありました。けれどその曲は、ただのきらきらしてかっこいいだけの曲ではなくて、ステージ曲でありながら歌っている人自身の思いやきもちとリンクしているシンクロ率が高かったきがするのです。今回の見せ場のひとつである最後のショーバトル。そこで歌われた曲はすべてステージ曲でありながらそれぞれの心情を表現して、彼らの主張そのものにきこえました。たとえばディープのソロ曲は2度歌われますが、最初と最後で歌詞の意味が違って聞こえますし、リドルやレティも彼らの境遇を思うとじわじわ響いてくる曲で、エンドが選択した「持ち歌ではなくサヨナラを歌う」というのもそれがまさに彼のきもちを表現するにふさわしい曲だったからだなと思いました。サヨナラについては後述します。そしてそしてクールビーの「セレナーデ」は彼自身の、そしてSLAZYそのものを代弁する曲となっていた気がします。実はわたし、SLAZY2のテーマが「誰のために歌うのか、なんのためにSLAZYにいるのか」だったのではと思うのですが、それの答えがセレナーデだったのではないかなと。順位や価値にこだわってきた彼らが「わたしは名前のないただのうたうたい」「あなたに歌うために生まれてきたんだ」と自分の存在意義を見つけ、全員が最後コーラスに加わって曲が完成するあの景色が大好きで大好きでした。
ステージ曲でありながらも単なるショー用の曲ではなく、決意をしてステージに立ったからこそ逃げずに自分の心をすなおに表現してまっすぐぶつけてきたのが今回だったというか。いままでステージの曲って「かっこいいなあ…」って思うことが多かったのですが今回は「かあっこいいよお;;;;みんな強いよ;;;;;」って泣かされるような、そんな違いでした。

もちろんそれ以外の曲もだいすきです。個人的には支配人ソロで涙がこぼれるとは思っていませんでした…。1からずっと歌ってきたソロ曲が生まれたきっかけやそこに込められた思い、何度も連呼される「Love」の意味を考えるとこみあげてくるものがありました。またジーズの歌い方もずるくて、ささやくようなその愛の歌が、支配人になった彼の戸惑いと決意とそしてきっとまだ捨てきれないきもちを表していて、それでもああこのひともまた愛をたくさん持っているひとなんだなあと思わせてくれる、すてきな演出でした…。

あと、1からのファンとしてはもしも…がうれしかったです。ほかの曲もぜんぶぜんぶ最高だったので一曲ずつまた語る記事を書こうそうしよう!

 

◆魅力的なキャラクターたち
もう、SLAZYはみんなみんな、ひとりひとり、愛おしい人しかいなくて、どうしよう、愛おしくて、しょうがないです。
1からのキャラ、2からのキャラ、そして今回の3からのキャラ、どこを見ても愛おしいひとしかいなくて、こんなに魅力的なキャラクターだらけの作品もそうないんじゃないかなとおもいます。嫌な奴がいないの、すごいなって。
たとえばわたしのすきなブルームは今回、お店を思いやって行動を起こしたというとんでもないことをやってのけてくれました。店を愛しているし、そしてなによりブルームがみんなに愛されていた。1からのクールビーもどんどん成長していて、今回彼がセンターでどっしり構えてくれていたのがすごく安心できました。ジーズもそう、彼が支配人になった経緯やそこで抱いている気持ちが丁寧に描かれていてよかった。エンドもディープもたくさんたくさん悩んでそのぶん成長して、フライやグラフ、ニュージャックたちの思いを聴けたのもよかったです。そして2からのキャラ、Qもますます活躍して、今後がたのしみ。もうほんとに、濃すぎるキャラクターだらけなのにみーんな愛おしいの、すごい。すごいしか言ってない。
そしてそして今回からの新キャラ、Xさん。ぜったい悪役だ、ラスボスだ!とおもっていたんですが決してそうとも言えないな、と。たしかに物語を引っ掻き回すキャラではありましたがお茶目でとっつきやすい面もあって、彼の物語をもっと知りたくなりました。
そんでもって!Rのふたり!リドルと、レティ!Rのふたりがとんでもねえ沼案件でした!正直スレイジーでブルーム以外のキャラになびくなんてそんな…とか思ってたんですが初日に「あれ…?リドル…?」と思ってそっからスッコーーンとRに転がり落ちたきがします。よかった、とってもよかった。彼らは最初謎の二人組として出てくるんですが最終的にブルームの指示で送り込まれたということが判明し、そしてさらにさらに最後の最後でじつはミスティックだった、ということがわかるのです。じつは出だしのミスティックのシーンにもこっそりいるんですよね、ペンキ係してます。目立つ。ミスティックは光の浴びない裏方仕事、それでもきっと誰かの役に立っていると信じている。そんなQの台詞は、リドルとレティを見ているとぐさぐさ突き刺さります。いままでは決して光を浴びてパフォーマンスをすることはなかった彼らの最初で最後のショーステージは、どこまでもきらきらしていて、かっこよかったです。今回、自分の中でミスティック沼という言葉が確実に意味を持ちました。ミスティックのこともいろいろ語りたいので、2も見返してからまた改めて書こうと思います。

 

◆サヨナラ厨大勝利
ありがとうございました。

わたしはサヨナラがだいすきでだいすきでだいすきなサヨナラ厨だということは以前の記事をちらちら読んでいただければありがたいのですが、とにかく今回もまた、サヨナラの使い方が、とんでもなかったです。SLAZYは愛の物語であると同時に別れの物語でもあるので、「サヨナラ」というお別れを告げる曲はとても重要な意味を持って来るんですね…。

しかし前回の2でサヨナラの歌詞の意味と背景が一致しすぎていて今回あれ以上のサヨナラの使い方ができるのかな?と思っていたのですが、エンドが最後のショーバトルにでてきて決意を固めたようにぎゅっと唇をかみしめた後にアカペラでこの「サヨナラ」の出だしを歌い始めた瞬間、やられた!!!と思いました。やられた。そうだ、エンドがまだいた。と。

エンドは1で彼女に振られて自暴自棄になりSLAZYにたどり着いたという過去があります。そしてSLAZYでパフォーマーとして働き始めたけれど、どうしてもいかんせん自分に自信がなくはっきりと存在意義や理由を自分で持つことができなかった。そこにつけこまれ?てバトルの相手であるリドル、レティ側につきクールビーやディープと戦うこと決意するのですが、でもそれはエンドなりの覚悟があってのことで。自分がクールビーやディープと敵対することで彼らが救えるなら、と考えての選択だったということは、バトルの直前でわかります。そのあとに歌われるサヨナラ。それには何重もの意味があった気がします。

まずは歌詞の通りの愛した女性へ向けたサヨナラ。正直1でエンドがアクトと一緒に歌ったサヨナラのときは歌詞が大きすぎて「エンドには似合わないんじゃないかな…」と思いながら聞いていた節もあったのですが、今回はそんなふうには全く思えませんでした。ああエンドはやっと自分の中の彼女とお別れができたんだなと、そう思えました。同じ曲なのに、すごい。
それからきっと、エンド自身は弱い自分へ向けて「サヨナラ」を告げていたんじゃないかなとも思います。そしてもしかしたら、もう一緒に歌えなくなるかもしれないディープやクールビー、SLAZYのみんなへのお別れだったのかもしれない。
サヨナラ、って単純な別れの挨拶だからこそいろんなとらえられ方ができて、いろんな意味に聞こえるんだなあと。

そして今回、これまた、演出がとっても好み、でした…。
元々エンドは自分の持ち歌を歌うはずでそのイントロが流れているんですが、その中で彼はサヨナラを歌うことをおそらくその場、もしくはその直前で決意します。だから誰にもサヨナラを歌うことを伝えていなかったろうしSLAZYの音響?(ミスティックなんですかね?)もそのことを知らなかったんだと思うんです。そしてたぶんエンドもそれでいいとおもった。自己満足かもしれないけれどアカペラでサヨナラを歌おうと決めて、ワンフレーズを歌い上げるエンド。すると、曲がかかってライトがついて、いいよ、歌いなよ、とステージが彼を歓迎します。それでエンド、泣き笑いみたいな顔をして、うん、って小さくうなずいて、改めてサヨナラを歌い始めるのですね…その流れがたいへんすきでした。
そしてまた彼はひとりきりでステージに立つことを決意していたはずです。いわば裏切りのような形でリドル・レティ側に移籍したのだからバックダンサーたちもいないのが当然とエンドも思っていたはず。けれど、そこにディープがやってきて、グラフがやってきて、だんだんと人があつまって、彼の元にはたくさんのバックダンサーがついて。いっしょに踊るのです。それに気づいたときのエンドのうれしそうな、泣きそうな顔といったら!ほんとうに言葉をつまらせて歌えなくなっている日とかもあって、すごく、すごく良かったです…。

最終的にたくさんの人がそろったステージの裏側を、Qとクールビーが見つめるのもすきです。そのステージを見てクールビーは決意を固め、Qはそれをそっと送り出す。わたしたち観客はそのショーをステージの裏側から見る形になって、その図もすごく美しく見えました。リドルとレティもこっそりうしろで踊っていて、でもディープに気づかれてパフォーマーの証でもある帽子を投げてもらってうれしそうにそれを受け取ったり。そういう細やかなやりとりときもちがあふれているサヨナラは、ほんとにすてきな曲だと思って。

わたし勝手にサヨナラってSLAZYに代々歌い継がれている曲で、たぶんトップエースのための曲なんだけれど袖で聞いてるうちにいつのまにかみんな覚えてしまった、って曲だと思っているので、サヨナラだからこそみんなが集ってこられて、いっしょに踊れたんだなと、エンドの背中をみんなが押せたんだなと、思います。ディープが「きみのかわりはどこにもいないから」の歌詞のときにエンドをじっと見つめるのもすきです。すきでした。すきしか詰まっていないサヨナラがすきです。サヨナラ厨でよかったです。ありがとうサヨナラ…。

 

◆まとまらない
予想通り、まとまらなかったです。でもほんとに今回はとにかく愛だらけだとおもいました。いろんな愛があって、それはたぶん作品内だけでなくキャストさんやスタッフさんたちの愛もきっとあって、そしてそうだったらいいなとも思うんですが、わたしたち観客の愛も伝わっていたらいいなって。千秋楽の日替わりでのクールビーさんの扱いを見てたらああ愛だわって思うしかなかったです。みんなに愛されているSLAZYがすきです。

SLAZY3、あっというまにおわってしまいました。さみしい、さみしい。けれどもLUVSLAZY2が発表されたのでまた半年間生き延びようと思います。ほんとうにほんとうにSLAZYという作品に出会えてよかったです!しあわせな6日間でした。そしてそうだ!ニコ生もあるのでそちらもたのしみですし、ぜひぜひおすすめします!胸を張っておすすめできます!

まだまだ触れたい内容があるのでまた近いうちにうだうだ話す記事を更新したいと思います。長々と失礼いたしました。ほんとにすてきな公演をありがとうございました。